リンクたちと出会ってから一ヶ月が過ぎようとしていた。私もすっかりこの生活に慣れてきた。相変わらず前マスターとの記憶は思い出せないけれど、リンクもイリアも、無理をしなくていいと言ってくれた。
このまま平和に過ごしていいのだろうか、私が。
と、考えることが多くなったりもした。人間ぽくなったような気がしなくもなくない。前はこんな考えるということなんてしたことがなかったから。どことなく懐かしい気もするからきっと、前マスターの時にも考える≠ニいう行為をしてきたのかもしれない。ああ、早く思い出してリンク達の役に立ちたい。
「あ、nameこんな所にいたのか」
「マスター」
「朝メシ食うぞ」
「何度も申し上げておりますが、私に消化器官はありませんので朝食を摂るとしても無意味です」
「いつもそれだよなあ〜本当にさ、まあ仕方ないか。んー、俺一人だと寂しいからさ。食わなくてもいいから一緒にいよう。な?」
何度も朝食に誘ってくれるリンク。人間が日々食べているものはどのような味がするのだろうか、生前の私もこれを食べていたのだろうか。そうぼんやりと考えていたらリンクが私の手を取り、「早く行くぞ!お腹空いてんだこっちは〜」と言いながら歩き出す。
握られている手が心なしかじんわりと暖かい。プログラムがさっきからおかしい。何だろう、なんなんだろう。ここのところずっとこんな感じだ。リンクがそばにいると、話をかけてくれると、私に触れると、じんわりと温かくなる。
「name、本当に前マスターのこと何も思い出せないのか?」
朝食を済ませ、今日は家でゆっくりと過ごしているとリンクが突拍子もなく話を振ってきた。やけに視線が泳いでいる。私は不審に思いながらも前マスターに関する記憶をプログラムから探してみたが断片しか出てこなかった。
「すみません、一部の記憶しか思い出せないです」
そう告げると、はあとため息をついて机に伏せた。
「何故そのよくなことを聞くのですか?」
何気なく尋ねたつもりだった。するとリンクは大きく肩を跳ねさせた。勢いよく顔を上げたかと思えばその顔はゆでダコのように真っ赤でこっちも面食らってしまった。
しばらくの間が空いてから、リンクが口を開いた。
「だ、だってname、前マスター前マスターにさって……いつも言うし………、なんか、前マスターのことを喋るname、何か……嬉しそうっていうかさあ……」
「?」
「い、今のマスターは俺なのに、そんな前マスターのことでそんな嬉しそうにされると……俺としてもなんつーかさ………、うーん…」
ボソボソ喋るリンクの声がなかなか聞き取れず聴力を最大にすると随分とまあむず痒いことを言ってくれたものだ。私もなんだかココロがこしょばゆくなった。リンクはチラチラとこちらを見ながらブツブツと呟いている。
「お気に障るようでしたら、前マスターのことを口にするのをやめます」
「いや違くて!そういうことじゃなくて!前マスターのこと、今は思い出せなくても知ってるわけだろ?ほら、だから、あの、俺のことも、もっと!もっと知ってほしいって思って」
そう言うと顔をうつむかせるリンク。
ああ、どうしよう身体がとても熱い!
前にもこんなことがあった。あった!私はこの感覚を知っている。覚えている。
これをなんというのか、前に教えてもらったのに。
「マスター、マスターはここが苦しくなりますか?」
リンクのココロに手を当てる。心臓の音が、手を伝って感じる。鼓動が速い。血圧も上がっているのではないだろうか。ジッ、とリンクの目を見る。碧い目に、私がうつる。
「………ん、苦しいと思う」
「私もです、マスター。マスターと一緒にいると、私のココも、苦しくなります」
ココロは苦しいけど、この場にいるのは心地が良い。リンクは目を丸くして私を見る。何かおかしいことを言っただろうか?首をかしげるとリンクは私の肩をがっしりと掴んだ。
「……name、それ、えっと、その」
「ハイ」
「ココロが、苦しくなるって、あの、それ、nameは、えっと、その。お、お、俺のこと……好き、なのか?」
好き≠ニいう言葉に頭を鈍器で殴られた衝撃が襲う。好き?私が、マスターを?前にも感じたことがあるこの感覚は、好き≠ニいう感覚なのか?
いや、分からない。私には分からない。
ロックがかかっているデータに触れてしまいそうな感覚に陥った。これ以上考えたらショートしてしまう!
「………あの、私には、これが好きという感情なのか、まだ……、分かりません」
分かりません、そう言ったのと同時にリンクに対するココロの痛みとはまた違う痛みが襲ってきた。とても苦しい。ここにいたくない。
マスターの顔が、見れない。
「name、いるー?」
「マスター、すみません。しばらく私を一人にしてください。苦しくて堪りません」
イリアがちょうどリンクの家に尋ねてきたのと同時に私はリンクに告げた。言葉を失ったリンクと、状況を飲み込めないイリア。
ああ、私は2人を困らせたいわけではないのに!私が2人を、そんな顔にさせてしまう。ごめんなさい。
一刻も早くこの場から立ち去りたかった私は家から飛び出した。背後から聞こえるリンクとイリアが私を呼ぶ声。
すみません、マスター。命令違反です。罰はあとで必ず受けますので、今だけ、今だけは、私を一人にしてください。すみません、すみません。
「nameに何したのよ!」と声を張り上げるイリアの声が聞こえてくる。違います、マスターは悪くないのです。私がいけないのです。ですからそうマスターを責めないでください。
当てもなく村を走る私の中に、悲しそうな表情をするリンクの顔が浮かんだ。そんな顔をさせたいわけじゃない、のに。気が付けば、周りはすっかりオレンジ色に染まっていた。
伸びた長い影が、私を見て笑っているような気がした。
心悸
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