「マスター、私はこれが欲しいです」

遡ること3時間前、平原を抜けてやっと城下町についた俺たちはテルマさんの酒場へ向かった。イリアはだいぶショックだったのか放心状態で、どうも買い物に行けそうではなかった。俺はテルマさんにイリアを任せてからえみりと買い出しに行くことにした。テルマさんは何か言いたげな顔をしてnameを見ていたけど、早く行ってきなと半ば強引に俺たちを外へ出した。

nameの洋服以外に何を買うのか、村を出る前イリアに聞いておけばよかった。城下町をフラフラして何か良いお店は無いかと足を進めていたらクイッと服を引っ張られた。

「? どうした」

nameがジーッと何処かを見ている。視線を辿るとそこは花屋だった。どうしてまた花屋なんかに?と小首を傾げたらこれが欲しいとnameは口を開く。

「え、ごめんもう一回言って」
「マスター、私はこれが欲しいです」

確かに、今name「欲しい」って言ったよな?欲があるってことだよな?これってもしかしてもしかしなくともnameの中で何かが芽生えてきたのではないのだろうか!

当の本人はそんな俺の気持ちもつゆ知らずただただ花をじーっと見ている。しかし本当にまた何で花なんて…

「先程、イリアは涙を流していました。涙を流す者に花を渡せば、人は喜ぶと教えていただいた覚えがあります」
「前マスターに?」
「そのようかと」

イリアの言っていた通り、nameの前マスターはきっと人間の心を取り戻そうとしていたのかもしれない。前マスターの意志を、俺が引き継いでやらなくちゃならない。nameは俺を覗き込んでじっと見つめてくる。俺はnameの頭ををくしゃりと撫でた。

本当に、キミはただの女の子だ。

「よし、花買うか」

そう言ったら、心なしかnameが微笑んだように見えた。







「ただいまー」
「あっ、リンクごめん!お買い物すっかり任せちゃったわね。ちゃんと服は買えた?」
「あ、いやそのことなんだけど」

空がオレンジに染まった頃、俺たちは酒場へと戻ってきた。イリアは大分落ち着いたみたいで俺らが帰ってきたのを確認すると駆け寄ってきた。花のことしか考えていなかったから洋服のことをすっかり忘れていたことに戻る途中に思い出してイリアになんと言ったらいいか。汗がダラダラ止まらない。イリアからの視線がとてもすごい。痛い!

「リンク!また変なものでも買い物したんでしょう!」
「し、してない!」
「ちゃんと言いなさい!」
「〜ッname!」
「ハイマスター」

俺が名前を呼んだのと同時にnameが大量の花束を抱えて入ってきた。前が見えていないのかnameはまっすぐイリアの方へと突っ込んでいった。2人はそのまま倒れ、イリアは驚いて目をぱちくりさせている。

「先程泣いていたので、喜んでもらいたく花を買いました」
「え、え」
「喜んでもらえましたか?」

やっと状況を飲み込めたのか、イリアは顔をクシャクシャにして嗚咽をあげ始めた。ああ、また泣き出す…!また泣き出すイリアを見てえみりは小首を傾げ俺とイリアを交互に見る。まるで教えてもらったのと違うではないか!とでも言いたげな目をしながら。

「イリアは嬉しくて泣いてるんだよ」
「嬉しくて泣く?」

そう教えると「人間はつくづく理解不能です」とnameは呟いた。それでも、キミは俺ら人間のことを理解してくれようとしているじゃないか。ココロが通いあえた気がして、俺は嬉しいよ。


大量の花束は幾つかに分けて花瓶に生けられた。お金を全部花に使ったことは勿論こっぴどく叱られたけどnameに免じて許すと言ってくれた。name強い。

そんなイリアはnameからのプレゼントがよほど嬉しかったのかカウンターに生けられている花を見ながらニコニコと頬杖をつきながら花を見つめている。nameはというと、テルマさんに店の奥へと連れて行かれた。

ああ、今日はもう遅いから泊まらせてもらおう。俺はイリアの鼻歌を聴きながら目を閉じた。







「name、って言うんだね」
「ハイ」
「アタシはここで酒場を営んでるテルマってんだ。よろしくね」

私を呼び出した女性はテルマと言うらしい。私を連れ出して一体なんの話をするのだろうか。

「アンタ………アンタはなんでここにいると思う?」
「殺戮行為をするためです」
「本当にそう思っているのかい?」
「ハイ。そのために私は造られたのですから」
「じゃあ、アンタの今、するべきことは?」

何を言いたいのだろうか。

私は殺戮のために造られた。殺戮以外は必要ないと言われた続けてきた。何だろう、ココロが、痛い。テルマの言葉、以前誰かにも言われたことがある。誰だったか、思い出せない。ああ頭が痛い。再起動を繰り返し始めた。落ち着かなくては。

「私の質問、今のアンタには答えにくいかね?」

私のするべきこと。するべきこと。殺戮行為。そのために造られた。マスターに従い、ただ、殺す。それだけ。マスターに従う。マスターに言われた。俺たちを守ってくれと。守る。イリアの涙はココロが痛くなる。泣かせない。人を殺さない。マスターを守る。テルマの質問に答えること。

ああ、殺戮行為が私の本来の存在理由。それなのに何故、何故、何をこんなに悩んでいる。必要がない感情!

でも誰かが言っていた。自分が今本当にしたいことをして生きろと。私のするべきことは殺戮。マスターの言うべきことは絶対。守る。

どうして、何故、マスターの笑う姿が浮かぶ。マスターは言った、俺たちを守るために殺してくれと。私は守りたい。マスターを守りたい。守りたい。

「リンクを、守りたい」

ショートしそうだ!前にもこんな感覚味わったことがある。体が熱い。テルマは満足そうな顔で私の頭を掻き回すように撫でる。何をさせたかったのか、つくづく分からない!

「その気持ち、忘れるんじゃあないよ」
「どういう意味でしょう、か」
「そのままの意味さ。リンクを守りたいなら、しっかりとやるんだよ」
「ハイ」
「その想いが、アンタを変える事が出来るかもしれないってことを覚えておきな」

私の思いが、私を変える?テルマの言うことは難しい。理解することができない。

「最初の質問に戻るけど、あんたはなんでここにいる?」
「リンクを……守るためです」
「よし上出来だ」

テルマは私に何をさせようとしたのだろうか、本当に。「私はテルマのことを理解できません」そう言うとテルマは大きく笑った。また乱暴に頭を撫でられるとテルマは店の方へと出た。私もテルマの後に続いて店に出ると、鼻歌を歌ってるイリアと、壁に身を預けながら寝息を立ててるリンクを見てほんの少しだけココロが暖かくなった。

私にココロなんて、無いのに!

おかしいもんだ。やけに落ち着くこの空間、目を閉じるとぼんやりと浮かび上がる記憶。誰だったかが言っていた。

『誰かを守りたいと思うその気持ちが、キミの存在意義だ』

誰だか未だに思い出せないが、その言葉を信じ私は殺戮のためでなく、リンクのために生きようと決めた。
意義

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