ひたすら遊んで暮らしてえ!
なんて、万国共通だろ、と俺は思っている。だってそうじゃん。朝早く起きて満員電車に乗って出社して嫌な上司可愛くない後輩理不尽な取引先相手にして定時にも上がれず毎日毎日残業、家に帰るのは日付が変わってから。

バッカじゃねえの? それなら俺は親のスネ齧れるだけ齧ってひたすら遊んで暮らすわ。1度きりの人生だよ?好きなことやって楽して生きていたいじゃん。夢は勿論ある。ビック、カリスマ、レジェンド! 人間国宝! いつか俺にもチャンスが舞い込んできてなってやるんだ。大体こう言うと皆鼻で笑ってはいはいそうだねって流すけど、夢なんだからもっとでっかく持っていこーぜ。

と、まあそんな都合よくこんなグータラな生活がずっと続くわけないのは分かってた。気が付いたら弟達はみんな家を出て行っていたんだ。
酷くねえ? 長男の俺に何の相談も無しに勝手に就職して勝手に一人暮らし始めて勝手にハロワ行き始めて勝手にバイト受けちゃって勝手に家を出ていきやがって。
何で? お前らの言ってた「就職しなくちゃ」なんてただの建前だろ? 本音は遊んで暮らしてえ働きたくねえって、そう言ってたくせに。何だよ。俺だけ1人にしやがって。別にいいけど、勝手にしたらいい。俺は長男だし、実家は出ねえからいるべくしてここにいるだけ。いいじゃん、生きてるだけで偉いんだから。これ以上何を頑張るって言うんだよ? 生きるだけで精一杯。それだけで親孝行じゃん。どれだけ今世で徳を積むつもりなんだよ。

そう思っても心のどこかで俺は自立していった弟達の背中を追わず親のスネばかり齧り続けているこの状況に酷く胸が苦しくなる。今までこんな思いをしたことはない。何で今更、どうして!
本当は俺も就職して父さん母さん安心させて、俺だってやれば出来るんだっていう姿を見せなくちゃいけないとは思ってる。思ってるけどこの性根に培ってきたクズ根性が染み付いて染み付いて染み付いて、どうしようもないんだ。何度洗っても落ちない、もうコイツとは生涯付き合っていくしかない性根だ。ああ、胸が痛い。口の中が急激に酸っぱくなる。喉が痒くて仕方ない。嗚咽が、止まらない。


『ほらっ、おそ松兄さん起きてよ! 今日はハロワ行くんでしょ!』
『え〜〜〜明日にしようよ〜〜外雨降ってるし〜』

『おそ松兄さん、いつ就職するの』
『んー別に今じゃなくたってよくね〜? 俺たちまだ若いんだよぉ?』

『おそ松兄さん』
『おそ松兄さん』
『おそ松兄さん』
『おそ松兄さん』
『おそ松兄さん』

『今もこれからもずっと俺は遊んで暮らすよ』
『俺は働かないよ』
『お前ら働くの? いいじゃん頑張って! お兄ちゃんにお小遣いちょうだいね〜』


目を瞑ると沸き起こる記憶、夢にも見る。毎日毎日これだ。俺を責めるかのように毎日毎日この夢を、記憶を見せてくる。こんなの見せたところで、俺は変わらない。

まるで呪いのようだ。俺を縛って苦しめて、楽しいかよ。毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日何かがのしかかってくるような、得体の知れない重圧を背負って息をしてる。日に日に重くなる重圧に俺はどこまで耐えられる? もう限界突破してるんじゃないか? もう分からない。背負いすぎてもう分からねえんだ。


気晴らしにふらっと外へ出るものの肌に合わない空気、今にも吐きそうになる。環境が変わっただけでこれだ、案外俺って弱いのかもしれない。カリスマレジェンド様なのにな!
こうして自分を上げて自我を保たないと今にもこの重圧に押し潰されて俺がいなくなりそうな気がするんだ。なあ、お前ら、俺から、皆から離れてどうなんだよ。俺だけがこんな重荷背負って生きてんの?
もしそうだとしたら、兄ちゃん辛いなあ。俺たち六つ子だろ、皆で分けようぜ。お前らの分も俺が持ってやるから、俺の分、ちょっとくらい持ってくれよ。なんて、居もしない相手にこんなに縋ったところで虚しいだけだ。バカみてえ。俺らしくねえよ。一応、一応長男なんだからな。兄貴らしくしてねえと。

ふと顔をあげると見たことのある毛の色の猫が路地裏へと入っていくのが見えた。あの猫確か一松が気に入ってた猫だったな。親友とかなんだとか言ってた。特にすることもないから様子を見よう、そんな軽い気持ちで俺は猫のあとを追った。


猫は俺のことに気付いてるのか気付いてないのか知らねぇけどやけにゆったりとした歩幅で路地裏を悠々と歩いていた、俺の歩幅に合わせているかのように一定の距離を保って。ピタリと急に止まった猫に驚いて思わず大きい足音を立ててしまう。
猫は黙って俺をじっと見てにゃあん、と鳴いては俺の足元に額を擦り付けてきた。ほくそ笑んだような気がした。ゴミ箱の上に乗っかって大きい欠伸をひとつ、そしてそのまま猫はどこかへ去っていった。

気ままだな。誰にも縛られない悩むこともない生活を送ってる猫に羨望した。ずりぃな、俺なんてこんなに毎日が苦しくて仕方ねえのに、猫は何も考えずににゃあんて鳴いておきゃそれでいいんだろ。
…なんて、バカだな。猫と人間が違うことなんてわかってんだ。猫を妬むなんて馬鹿だなあ俺は。


縛られることのない、とは言ったものの実際問題生まれて20数年連れ添ってきた奴らと急に離れる、となったらそれは結構寂しいもんだ。六つ子、俺の人生の柵のようなものでもあるんだ。何があっても俺達は絶対に離れることの出来ない存在、そういうもんだと思ってた。切っても切っても切っても切っても切れない、そういう足枷。そうだと思っていたのは俺だけだったみてえだ。
この胸にポッカリと空いた穴はどうするんだ。どうしようか。どうしてくれようか。

誰かのいた穴が抜けてしまったのならそれはまた誰かで埋めればいい。案外それで取り繕えるものかもしれねぇな。俺はそう考えて、穴を埋めるために当てもなく歩いた。誰でもいいんだ、俺の胸の穴を埋めてくれる人さえいれば、それでいい。誰でもいいんだよ。







「……おいおそ松、呑みすぎだバーロー」
「何だよチビ太ァ、お金なら今日はちゃんとあるし、俺の勝手だろォ〜〜」
「そういう問題じゃ…!」
「いいじゃん、今日くらい俺に付き合ってくれよォ」
「…………」


いや俺わりとお前に付き合ってると思うけど、なんて不服そうな表情を浮かべるチビ太にへら、と笑ってみせた。知ってるよぉ、お前はいつも俺に付き合ってくれるもんね。たまたま歩いていた先にお前がいてよかったって思う。胸の穴はまだ埋まる気がしない。今日は、今日も酒がすすむ。浴びるように呑む俺にチビ太はもうやめとけ、と言う。やめたいねぇ、もう呑むのやめたいねぇ、でも手が止まらない。呑まなくちゃ、この穴は埋まらない気がしたんだ。誰かといても埋まらない穴、それを酒を注ぎ込まなくちゃいけない気がした。


「おい、フラッフラじゃねーか! だから呑みすぎだって言ったんだ!」
「うるせェなあ! いーンだよォ大丈夫だよ俺は〜〜気にすんなよォ…」
「はーーーあ、このまま帰すのも気が引けるぜバーロー。弟達の誰かでもいてくれたらいいのによ」
「っ、んだよ。いるワケねーだろ!」


埋まらない穴がいっそう広がっていく気がした。もう何をしたって埋まらないのかもしれない。苦しい。弟達の誰かがいてくれたらいいなんて、お前じゃなくてそれを1番俺が望んでんだ。チクショウ、わざわざお前が言わなくたって。分かってんだようるせえな。
急に鼻の奥がツーンとして目が熱くなった。それに気付いたのに気付かない振りをするために俺はチビ太のを殴っておいた。痛えなバーロー!と騒ぎ立てるチビ太にうるせぇぇ!と思い切り罵声を浴びせる。ああ、最低だな俺ほんと、ほんとに。


「何してるザンス!」
「おおイヤミィ〜〜!助けてくれおそ松が暴れて言うこと聞きゃあしねーんだ!」
「ホンッットーに救いようのない男ザンスね! もうそんなヤツほおっておくザンスよ! だぁから弟達達にも見放されるザンス。1人になって大人しくしておけばいいザ〜ンス!」
「ああ? 何だイヤミてめぇやんのか!」


どこからか現れたイヤミの言った言葉は刃物よりも鋭く俺の心に突き刺さった。救いようがない?だからそれも俺が一番分かってるって言ってんだろうが。鼻で笑うイヤミに俺は思い切り掴みかかろうとした。


「ちょっ、と!イヤミ言いすぎだから!」
「何だ、nameいたのか! 丁度いいや、コイツのこと連れて帰ってくれよォ」


イヤミの背後から出てきたnameの姿を見てハッとする。いたのか、コイツ。チビ太に言われてnameは俺の方へ顔を向けた。何だか久しぶりに見る顔だった。
nameは特に俺に何を言うでもなくただ呆れたようにため息をつきながら「帰るよ」と言った。ほんの少し、困ったように笑みを浮かべながら。
俺は何も言わなかったがチビ太が俺の背中を押すもんだから仕方なくnameの方に距離を詰めた。すると黙って俺の手を取って歩き出すもんだから、パッと顔を上げた。俺の方を見ないで先へ先へと歩くnameに俺はただついていく事だけを考えた。ふと、後ろを振り返るとチビ太とイヤミが俺らのことを見送っていてチビ太は鼻の下を擦りあげながら黙って俺を見ていた。イヤミは相変わらずのゴミを見るような目で俺を見ていたが、距離が大分開いた頃にシェー、と言ったのが聞こえた気がした。


「……name」
「…」
「name〜〜」
「…」
「name、nameってば」
「何?酔っ払いさんと話すことなんて何もないんだけど」
「name」
「ああもう、だから何!」


道中、ずっと俺の顔を見ないで歩いてる幼馴染に何でこいつは何もを言わず俺の手を取って歩いているのかと疑問に思った。だってそうだろ、何で? 幼馴染だから、それだけの理由でわざわざこんなことするかよ、今までだってこういうことしてくれたことねえのに、同情なのか? しつこく名前を呼べばやっと俺の方へ顔を向けたnameを俺はただ黙って見つめた。ぎゅっと眉を顰めて俺を見上げるnameの顔を見ても、何を考えてるのかサッパリだった。


「もうほんとに何なの? 送っててあげてるんだからもう少しは黙っててよ」
「name」
「だから、何!」
「ぶっさいくな顔してんなあ、お前」


へら、と笑ってそう言えば思い切りアッパーを食らわされた。ああ痛え、何すんだこいつ。トト子ちゃんのボディーブローとそっくりだ、伝授されたのか? じとりと睨めばそれはもう般若のような顔をした幼馴染がそこにいて、今にも俺を殴り殺しそうな雰囲気を醸し出していた。なんだよ、俺傷心してんだぜ? ちょっとくらい丁重に扱ってくれたってもよぉ。


「次変な事言ったらちんこ蹴り飛ばすから。ほら、帰るよ」


そう言ったnameの顔は、いつも見る顔で、また俺の手を取って歩き出した。埋まらなかった胸の穴が何だかじんわりと暖かくなって、満たされていくような感覚に陥った。気持ちいい、安心する。


「なあ、name、あのさ」
「……」
「今日さ、抱かせてよ。何か上手くいきそうな気がする」


そう言えばこれでもかというくらいに目を細めたnameが「バカなこと言ってんじゃねーぞクソ童貞調子に乗るな!」と言った。
それでもしっかりと手を握って離さないnameに何だか笑みが零れる。今日の帰り道はなんだか、明日に希望が見えるような、そんな帰り道だった。


2017.07.15

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