今日は朝からもう散々だった。起きてから早々に母から今までに無いほど怒られるわ、学校では今日提出の書類と課題を忘れるわ掃除当番は押し付けられるわ購買では目当てのものが買えずに昼ごはん無しで過ごすわ授業では分からない問題のときに当てられるわで今日の私はもう完全に疲れ切っていた。

しかも学校で六つ子達から色々と攻撃を食らった。
おそ松からは階段ですれ違ったときにぶつかってこられて階段から落ちる(低いところから落ちたのが不幸中の幸い)。
カラ松からは、彼の虫の居所が悪かったのかたまたま彼の振り上げた手がたまたま後ろにいた私の顔に当たった(彼はそれに気付かなかったのかそのまま去っていった)。
チョロ松からは何でだか分からないけど顔を合わせる度に掴みかかってこられた。
一松からは授業中なのにも関わらずスタンプテロされて私の携帯が授業のたびに鳴って先生から怒られてしまう(これに至っては電源を切らなかった私が悪い)。
十四松からもまさかの野球ボールを投げられるという意味のわからないことをされた。挙句に昼休みに色んなところへ引っ張り回された。
トド松からは、彼の目当ての女の子と私がずっと絶え間無く一緒にいるため声がかけられないだろと理不尽極まりない理由で頭をひっぱたかれた。

きっと今日の私は運がついていないのだ。朝から怒られたせいでいつも見てる占いを見ることが出来なかったけど最下位に違いない。


そして多分今日最大の不運が私を襲う。
友人のお使いで赤塚区から3つ離れてる桃瀬区まで来ていた私は携帯を学校に置いていってしまうという重大なミスを犯す。携帯は明日また学校に取りに行けばいい、そう思っていたが友人のお使いの会計のときに財布を無くしていたことに気がつく。気まずさは凄かったけれど会計を断ってとりあえず外へ出た。

まずい。どうしたらいい?大体まず私はここまで残り少ないPASMOで来たのだ。片道分しか入っていなくて、帰りにチャージしたらいっかだなんて呑気に考えていた。本当にどうしたらいい?携帯もない、財布もない、連絡を取ることも出来なければ帰るお金もない。どうしたらいい?私には門限なるものがあって、それを過ぎるとあの六つ子達が鬼になる。何度か破ったことがあるのだが回数を重ねる度に説教が長くキツいものになる。さて、どうしたものか。門限は22時。現在18時。お金もない、連絡手段もない。さて、どうやって桃瀬区から自分の家まで帰ろうか。







ゴーン。公園の時計の鐘が鳴る。ああ、門限である22時になってしまった。さてどうしようか。歌舞伎町付近の公園のベンチで私は途方に暮れていた。警察へ行こうと真っ先に思ったのだが、今日の私はあの家に帰りたくなかったのだ。母から怒られ六つ子達からは故意なのか知らないけどだいぶ嫌がらせ(の域を超えている)をされた。ほんのした反抗だ、だなんて思ってはみるけど夜になると流石に夏になりかけと言えどもとても寒い。見知らぬ土地に寒さで一人凍えるこの寂しさ。とてもじゃないが私は気が滅入っていた。このまま朝を迎えたらどうしようか、明日の学校をどうしようか、母と父の怒りをどう収めようか、あの六つ子達にどう説明しようか。考えても考えても私が酷く怒られることしか思い浮かばない。ひゅう、と風が吹いて私の体がぶるりと震え上がる。寒い。温かいものが飲みたい。膝を抱え頭を埋め込みながらぼんやりと考える。

そのとき、ジャリと砂と小石が擦れる音が聞こえた。その音はどんどん自分の方に近付いてきていて私の心臓はその音が近付いてくるのと同時にばくんばくんを大きく跳ねた。誰かが私の方へ向かってきている。警察?ベンチでうずくまる私を気にかけた親切な人?不審者?ばくばく動く心臓が痛くて、近付いてきた音が止まったのが怖くて私は顔を上げられずにいた。


「…………なにしてんのname」


聞き覚えのある声に私は肩を震わす。あ、この声。そう思って恐る恐る顔を上げるとそこには月明かりに照らされる一松が立っていた。どうして、ここに。声が出なかった。私を見つめる一松のその目に光はなくて、マスクをしているから表情も伺えなくて。心細くて、寂しくて悲しくて、今にも消えてしまいそうだった私のところに来てくれた一松にとても心がほっとしたけど彼が何を考えているのかが分からなくてまた心がきゅ、と痛んだ。

でも、分からないだなんて嘘。本当は少しだけ分かる。じっと見つめてくるそのけだるげな目には怒りの色が滲んでいる。怒ってるんだ、一松。事情を話せば分かってくれるかな?分かってくれたとしてもきっととても怒られるに違いない。
何て言葉を返そうか迷っていると一向に言葉を返さない私にイラついたのか大きく舌打ちをする。


「………なに、家出?家に帰ってきたくなかったんだ。…おれがいるから?そりゃそうだよねおれみたいなクズがいるんだから」
「ち、ちがうよ何言ってるの」
「じゃあなんで帰ってこないの。今何時だと思ってる?ここ、どこだと思ってんの」
「ご、ごめんなさ…」
「携帯に連絡しても出ないし、…何考えてんの?」


じり、と距離を詰めてきた一松に胸倉を掴まれる。あ、本気で怒ってる。どうしよう。私が門限を破って六つ子達からお説教を受けるとき、一松だけはあまり何も言わずにただじぃっと私を見つめているだけだった。思えば一松に本気で怒られたことってあまりない。その一松が今私の胸倉を掴んで思い切り睨みつけているんだ。怖くないわけがなかった。
見たことない一松の顔、向けられたことのない怒りの満ちた目、聞いたことのない低すぎる声、全てが私に突き刺さって上手く息が出来ない。怖い、怖い。でもここで私がちゃんと言わなかったらまた一松は怒るし、私の話を聞いてもらえなくなる。目の奥から込み上げてくる熱いものをどうにか抑えて、すう、と息を吸う。息を吸う。息を吸う。上手く吸えない。怖い、怖い!


「……………」
「ッあ、の…携帯は、学校に置いてっ、ちゃって」
「……………」
「今日は、友達に頼まれてたもの、買いに、来て…て」
「……………」
「…で、でも!あの…財布、無くしちゃって…お金、無くて」
「……………」
「それ、で。だから、あの、家に、帰れなくて」


言えた、言えた!襲ってくる安堵に身を委ねたくなった。言えた、言えたよ私。怒られることしかもう未来にはないけど、私の話はした。だから今は、今だけは何も言わないで、一松。
スッ、と胸倉から手が離れて(あ、手が)なんて考えてるとすぐにその手は私の手を掴んだ。冷たい手だ、そう思っていたらそのまま勢いよく引っ張られてベンチから半ば無理矢理に立たされた。突然のことについていけない私はあ、あ、と間抜けな声を出すことしかできなかった。


「………………ばかじゃないの」
「え」
「……………ばかっていうか、まぬけ」
「ッ、ごめんなさい」
「…………心配したんだよ、おれだって」


ぼそりと一松の口から出てきたその言葉に耳を疑う。普段は毒しか吐かない彼の口から心配?何の聞き間違いだ、と思い一松の顔を見るとその目は私は捉えていた。


「いち、まつ?」
「……なんもなくてよかった」


そう言うと私から視線を外してズンズンとまた歩き出す。一番私に無関心な兄だと思っていたけれど、それは私の勘違いだったのかもしれない。そう思った。いつもは高い体温の一松の手が冷たいなんて、どれだけ私を探してくれていたのだろうか。心配かけてしまったんだ、そう思うとやけに罪悪感が大きくなって黙って警察に行けばよかったやと後悔する。
いつの間にか駅前に来ていていつの間にか私の分の切符も買っていてくれていた一松にありがとうと言うと別にと言われた。不器用なんだな、と再確認。ちょうど来ていた電車に乗り込んで私はドア横に背中を預ける。私の目の前に立つ一松はまたじっと私を見つめる。


「…………ちゃんと兄さんたちに言うんだよ」
「うん、分かってるよそれは」
「……今日の兄さん達、すごいイラついてるから、…まぁがんばって」


マスクを下げてヒヒッ、と意地悪く笑う一松にぴくりと顔を引きつらせる。孤独から開放され一松に救ってもらったことに安堵していたけれどここから本当の地獄が始まるんだ、家には、鬼が5人待っている。そう考えただけでじわりと涙が溢れてきた。ぎゅ、と口を紡いで俯くと頭上からまたヒヒッ、と笑い声が聞こえた。ああ、ちょっとはかっこいいって思ったのに一松のこと。やっぱり今日の私は最高についていないんだ!



七転び八転び、九転び

家に帰れば思ったとおり、それはそれはこわぁい顔をしていた5人がいて私に逃げ場を与えないように一松はしっかりと私の両手を掴んでいた。name、と名前を呼ばれて恐る恐る顔を上げたらそこにはもうとびきり素敵な笑顔をしたおそ松がいて「今日は寝かせねえぞ」なんて妹に言ったらちょっとまずいんじゃないの?って言葉を言い放たれたのと同時に容赦のない拳骨が頭に降り注いだ。チカチカと目に星が浮かぶなか、十四松の笑い声が聞こえてほんの少しだけむかついた。


2016.07.08

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