一週間前、やけに軍の女達がきゃあきゃあ騒いでいた。どこへ行っても甘い匂いがするし、目が合うと顔を赤くしてそのまま去っていく。おれは何のことだかさっぱりわからなかった。野郎共も野郎共でやけにソワソワしていた。
そして、今日になってそれが分かった。
そうか、今日はバレンタインデーなのか。
毎年毎年チョコは貰っていたものの、別にその日自体を楽しみにしていたわけではなかったから全然気が付かなかった。そうか、もうそんな時期になったのか。軍内を歩いていると、すれ違う女の子たちからチョコを貰う。野郎共もいくつか貰っていてとても顔が緩んでいた。
「サボくーん! はいどうぞ〜ハッピーバレンタイーン!」
「コアラか、ありがとう」
「nameちゃんと頑張って作ったんだから、残さないでよね?」
あ、そういやname。nameからまだもらってねェな。 コアラが得意げにあれやこれやと話しているけど全く耳に入ってこなかった。
nameは、数ヶ月に革命軍にきたやつでおれより歳は3つ下だ。そのときの俺は任務で軍にいなく、戻ってきたときには見知らぬ顔がいたからほんの少しだけ驚いた。知らない間に誰かが入ってくるってのは多々あることだが、歳にそぐわない顔つきのnameが来たことにだけは、少し驚いたんだ。どんな経緯でここにきたのかは分からない、だが第一印象はよく笑うやつだった。
そんなnameの姿を昨日から見ていない。コアラは一緒にチョコを作ったと言っていたから昨日は一緒にいたのだろう。
「ちょっと、サボくん? 私の話聞いてた?」
「コアラ、nameのヤツ今どこで何してんだ」
「だから! さっきも言ったじゃない! もーまた人の話聞いてなかったのね?!」
もう知らない!とぷんすこと口を尖らせたまま、コアラはどこかへ行ってしまった。あいつ、せめておれの質問答えてからどっか行けよな…。様子が気になって仕方ないからおれはnameの部屋へと向かおうとした。
「あ、さんぼ〜そうちょ〜」
振り返るとそこにはマスク姿をしたnameが立っていた。だいぶ厚着をしている。なんだ、もしかして風邪でも引いたのか?
「どうしたんだその格好」
「あはは、いや〜窓開けっ放しにしてたらちょっと、鼻が」
「アホか… 熱は無いのか?」
「大丈夫です。ところで参謀総長、ちょっと今から私の部屋来てくださいよ」
そういってnameはおれの手を取りのっそりと歩き始めた。やっぱりこいつ、全然大丈夫じゃないんじゃないのか?おれはnameと並び歩幅を合わせた。あまりにも覚束無い足なもんだから腰に手を回した。
部屋に着くと入ってくださいと目で促された。あとから入ってくるnameに気を使いながら部屋に入った。初めて入る部屋に、辺りを見渡してみると思った以上に物が置いていなくて殺風景な部屋だった。
「参謀総長〜、今日はバレンタインデーなんですよ〜」
「ああ、そうらしいな」
「やっぱり沢山もらってますね〜流石です」
座り込みながらへらりと笑うnameにモヤッとする。別におれは、そういう行事毎とかに胸踊らすようなタイプではねェけどそういう日に部屋に呼ばれたらくれるんじゃないかって期待しちまうじゃねェか。それが顔に出ていたのかnameはおれの顔を見て吹き出した。
「総長に渡したい気持ちはやまやまなんですけど、自分で作ったヤツ、思った以上に美味しくって」
「…全部食べたとでも?」
「大正解です」
「ハァ…じゃあ何でおれを呼んだんだ」
チョコがないと分かった時点で自分でも分かるくらいに機嫌が悪くなっていた。ニコニコ笑ってるnameを見てまた更にモヤモヤが募る。何だってこんなにニコニコ笑ってやがるんだ。
「全部食べたとは言ったも、参謀総長のはちゃんと残して置いてるんですよ」
といって立ち上がって机の方へと何かを取りに行った。全く先が読めない行動ばかりで思わず面食らってしまった。何を取ってきたのかと思ったらそれはそこそこ大きい不格好なチョコレートケーキだった。
「コアラと頑張って作ったんですよ〜。コアラからチョコレート貰いました? あれこれの残りのチョコで作ったやつなんですよ」
「お、おう」
「あ、残りっていってもそんな聞こえが悪いようなやつじゃないのでそんな傷つかないで下さい」
正直、それどころではなかった。こんな大きなケーキむしろよく残しておいたというか、というか逆に何を全部食べたのだろうか。それが気になって仕方がなかった。
「あれ、あまり嬉しくなさそうですね」
「あ、いや、こんな大きいヤツ…」
「一緒に食べましょ、参謀総長」
「おれのためのやつじゃないのかよ…」
「参謀総長のためのですけど、一緒に食べましょ」
にんまりと笑うnameに何だか怒っていた自分が馬鹿らしくなってきてしまった。早く食べましょといってくるnameの頭を一撫でする。食うのはいいけど、とりあえずお前は体調早く治さなくちゃならねェな。nameから貰ったケーキを見ながら緩む口元を抑えられなかった。きゅん、だなんて。そんなまさか、な。
ちよこれいとけいき後日、復活したnameとケーキを食べたのだが昔誰かに作ってもらったケーキと味が似ていておれは首をかしげた。そんな様子を見て笑うnameにもまた首をかしげる。前にもこんなこと、あったような気がするような。
2016.02.14
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