大きな口を開けて待ちかまえている怪獣のようだった。空間を切り取られて出来上がった真っ暗闇な穴からは、時折風が唸る。いつか私も此処に入るのだろう。
顔を近づけようとすると、後ろから「止めとけ」と制する声。大人しく声の主の元へ駆け寄ると、やはり彼は眉間にしわを寄せて辛そうな顔をしている。

出来るだけ明るい色を選んで摘み取った雑草の花は長い間持っていたからか、私の体温でしんなり頭を垂れていた。すっかり暗くなった空に白んだ月が顔を出す。足元を照らしてくれるには頼り無い、一寸先は闇、まるで生きた心地がしないそれは戦場とよく似ている。
さあうちへ帰ろう
家は何処?
晋助の手が冷たくなる。
握り締めた手が、繋いだ手が冷たくなっていくことに恐怖した私は不安げに彼を見たが、そこにあるのは相変わらずの仏頂面。
「寒いね」
呟いた声は白い吐息と共に漂った。
晋助は、ああ、と言ってまた歩き出す。私の手を引いて歩き出す。










佇んで、白い月。彼を思い出した。
右手は冷たい。此の手を引いてくれる手はもう無かった。彼は帰っては来ないだろうと、私と彼が交わる道はもう無いだろうと思った。私は迷子だ。もうずっと迷子のままで、彼を探している。


お墓の前には黄色い菊の花が供えられていた。寒さに凍えまいとする鮮やかな黄色に混じって煙管の香りがした。私は持ってきた黄色い菊をその隣に添え、小さく祈った。あの可哀想な男のことを思って。誰よりも仲間思いだった彼は復讐心に駆られる哀れな獣へと成り下がった。情を捨てきれずに悶え苦しむ彼が、少しでも苦しまなくて良いように。


さあうちへ帰ろう


「帰ろう、晋助」
帰る場所はとうの昔になくなっていた。




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