「こんにちはー」

がらり、ドアを開けると見えるのは見慣れたミネラル医院の待合室。その奥には診察室があって、少しするとあの人が出向いてきてくれる。

「やあ、こんにちは」

「今朝取れた牛乳です」

「助かるよ、いつもすまないね。外は暑かっただろう? 少し休憩していきたまえ」

そういってドクターは待合室のイスを勧めた。

「今日はまだ仕事がたくさん残ってて…、お気持ちはうれしいんですけど戻らないと」

「そうか…キミの仕事の邪魔をするわけにはいかないね。熱中症には気を付けるんだよ」

ドクターさんはドアを開いて私を見送ってくれた。

次の日、いつものように病院に差し入れを届けに来た。

「おはよう、待ってたよ」

「おはようございます。採れたてのピーマンです」

「どうもありがとう。ところで、今日は朝でも気温は充分に高いし、日差しも強い。少し休んでいかないかい?」

今日は、この後大量のパイナップルを収穫しないといけないからあまり長居はできない。私は心苦しさを感じながらも断った。

「ごめんなさい。パイナップルが私を待ってて…」

「そうかい。それはすまなかったね。でもあまり無理はしすぎないようにね」

昨日と同じように、牧場に向かって走っていく私を手を降って見送ってくれた。

次の日、台風が来た。ものすごい風で家中がガタガタいっている。おんぼろの窓はいまにも割れそうだ。今日は外に出られない。ドアすら開かないかもしれない。
仕方がなくその日は、道具の簡単な手入れや掃除をして過ごした。
そして次の日、なんと台風はまだ停滞していた。動物たちは大丈夫かな。それにしてもみんなのお世話と畑仕事がないと、こんなに暇なものなんだなぁ。この機会にしっかり休んでおこうと思って、早めに眠りについた。

次の日、畑が荒れに荒れていた。これを片付けるのは骨が折れそうだ。

「パイナップルの収穫が終わった後でよかった…」

私は一日中オノやらハンマーやらを片手に働いた。気がついたら夜になっていた。
いけない、もう寝ないと。疲れた体に鞭を打って家に戻ると、すぐにベッドに入って寝てしまった。

次の日、教会で会ったユウくんに遊んで欲しいとせがまれた。特に時間のかかる仕事も今日はないし、一緒に遊ぶことにした。

「もうこんな時間…?」

時刻は5時過ぎを示していた。家まで送らないとエリィちゃんが心配してしまう。渋るユウくんをなだめて家まで送った。この後仕事が残ってるけど、ユウくんが楽しそうだったからよしとしよう。
帰り道、医院の前を通った。そういえば数日間顔を出せていない。ドクターさんは患者さんが来たときのために、基本的にいつも真面目に病院にいるから町で会うこともなかった。声をかけようか迷ったけど、営業時間も過ぎているし、今日の水やりが終わるか少しだけ不安だったので帰ることにした。

次の日、久しぶりに医院に訪れると、ドクターさんは晴れやかな笑顔で迎えてくれた。コロボックルたちに水やりを頼むのを忘れていたから、今日は手短に挨拶だけして帰ろう。

「こんにちは、クレア君。待っていたよ」

「こんにちは。うちで採れた牛乳です。よかったらどうぞ」

ドクターさんはお礼を言って受け取ってくれた。あまり感情が顔に出ないタイプであることは間違いないけど、よく見たら嬉しそうなのが分かる。

「それじゃあ、急いでいるのでお暇しますね」

「えっ」

「あれ、どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ。そうだ、お昼を作りすぎてしまってね。よければ食べていくかい?」

ドクターさんは一歩分私に寄って話した。ぜひ食べたいという気持ちはあるんだけど…

「お気持ちは嬉しいんですけど…」

「そうか、そうしたらお茶でもいかがかな?君からもらった牛乳でコーヒーでも」

「すみませんこのあと…」

私が断ると、彼は残念そうなのに少しだけ笑みを浮かべながら言った。

「…君は本当に忙しいね。あの牧場を一人で切り盛りしているんだから当然だけどね。とても頑張ってるよ。…それを踏まえた上で、もしよかったらなんだけど、僕に少しだけ君の時間をくれないだろうか」

私はそこでやっと分かった。この人は私と過ごす時間が欲しかったのだと。そうだとしたら私はひどいことをしていたかもしれない。それなのに、この人は嫌な顔ひとつしない。残念そうな顔はするけど、いつも最後は私を励ましながら見送ってくれていた。

「…すみません。あなたの気持ちに全然気がつかなくて。わかりました。明日のために今日は全力で働きます!」

「僕のわがままを聞いてくれるのかい?」

「あなたの気持ちに答えたいんです」

私がそう言うと、ドクターさんは今までで一番の笑顔で微笑んでくれた。

「…ありがとう、クレア君」

次の日、はりきったドクターさんの作った試作の薬を飲んで大変な目にあったのはまた別の話。



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