私は高尾が好きである。けれど高尾には好きな人がいて、それは私じゃない事くらいわかっている。理由は明白で、私の身の振る舞い方の問題だ。そう、相手に嫌われるような事しか出来ないからだ。私は昔から子供のように照れ屋で好きな相手の傷付くような事をするような人間だった。つまり素直じゃないって事だ。高尾と話す度にアガって、そして傷付けてしまう。終いには私は毎晩後悔する。そんな悔いしか残らない恋しかしていないから、私はもう恋は辛い物として海馬に、体に経験した記憶として残る。
 私は痛いのも、辛いのも苦手だからもう叶わない恋なんてしない。高尾が誰かと笑っているとき、話しているとき、私は胸が握り潰される感覚に襲われる。恋なんてそんなものだ。そう割りきった。割りきったつもりだった。けれど私の心の中に蓄積された高尾への思いはそう簡単には捨てられるはずなどなく、私は自分の思いをゴミ箱にいれるまで、一ヶ月もかかった。それくらい私は高尾が好きだったんだなと苦笑する。

「高尾は好きじゃないの?」

「違うよ、もう。」

 蝉が鳴く帰り道、私は友人と一緒に帰っていた。そこで友人は私に高尾の事を聞いてきた。それに落ち着いた声で返した。内心は慌ててる。思いだすだけで高尾への思いを拾ってしまいそうで、今では名前を聞くだけで溢れてしまいそうで。
 その後、ピンと張った糸の上を歩いている私は嘘をついて、友人と別れて一人になった。蝉の鳴き声が五月蝿い道を、一人でとぼとぼと歩き出す。ゆっくり、ゆっくり、確実に捨てられるように。そして数分歩いた所で、目の前に右の羽根がない蝉が、道端に落ちていた。拾い上げてじっくり見た後、木の上に置いてあげる。そろそろ七日になるのだろうか、弱々しく木の枝に捕まっていた。それを眺めている私は、蝉と自分が重なった。可笑しい話じゃない、私の恋と例えてみれば。

 次の日、私はあの蝉を見かけた。まだあの場から動いていなかったが、死んでいた。指でつついてもピクリとも動かない。ついに七日を過ぎてしまったらしい。

「苗字じゃん、さしぶー!」

蝉を掌に乗せた時、聞きたくなかった、聞きたかった声がした。私は見たら駄目だと、背中を高尾に向けながら返事をする。見たら駄目だ、また辛い気持ちを、痛い気持ちを抱いてしまう。

「何で後ろ向きで話してんだよ、俺泣いちゃうぜ?」

そう言っている高尾を無視して、私は抑えがたい気持ちを無理矢理抑えていた。苦しい、拾い上げないで。また抱かないで、痛いのは勘弁だ。でも今の押さえ付けている行為は同じ位に痛いし、苦しい。捨てることも、持っているのも辛い私はどうしたらいいか、わからなくて高尾の顔を一瞬、泣き顔で見て、走って去っていく。あぁ嫌われただろうな、私の恋も七日目らしい。捨てた時点で七日目か。泣きながら自分を嘲笑った。その日の夜、私は泣いた。道端で泣いた量なんて十分の一にも満たないくらいに。

 そしてその翌日、私は結局高尾は諦める結論に至った。最初からそう決意していたのに。惑わされる私はやっぱりまだ――。いや、もう諦めたんだ。そう暗示することしか、抑える術を私は知らない。一人帰る廊下で、私はまだ痛み続ける胸を押さえる。

「苗字、あのさ。なんであの時泣きながら帰ったの?」

私が下を向いて歩いていた所為か、目の前に高尾がいることに気が付かなかった。そして高尾の質問の答えもわからなかった。あるとするなら、自分の気持ちだけ。

「すごく悲しかったから。
 きっとわからないよ。
 だって私が苦しんでるの、
 からっきしわかってない。
 らくに知れるわけない。」

そう言い残して私はまた泣きながら走り出した。高尾ごめんなさい、心配かけてごめんなさい。でもこれで終わり、そうこれで死期を迎えるだけ。今日が本当の七日目。出会って、悩んで、恋を学んで、苦しんで、叶わなくて、泣いて、さよならを告げて終わる、そんな七日目。

「他に伝える事あるんじゃないの?」

「は?」

高尾が私の鞄を引っ張った。それに私は涙目を大きく開いた。どうして引き留めたんですか、どうして悲しそうな顔をしているんですか、私にはわかりません。貴方が私の気持ちがわからないように、私にもわかりません。私はないよと言っても、彼は離してくれない。そんな攻防が長く続いていて私はいい加減にしてほしいと、怒りを露にした。

「伝える事なんてないよ!むしろあったとしても、なんで高尾に伝えなきゃいけない……った!」

「素直じゃないお口はこうしてやるぜ!」

私の頬は高尾につねられていて、痛みを訴えていた。お願いだから私の前で笑わないで、こっち見ないで、期待するから。私はまた泣く、そして私は叫んだ。

「期待させないで!やめてよ、まだ可能性があるとか思っちゃうから、諦め……っ!」

私の口が言う予定もなかった事を喋り出して、終いには好きな事を遠回しに言ってしまおうとした、けれど私は言えなかった。私の口は、それ以上言うなと言わんばかりの勢いで塞がれた。

「苗字が俺の事好きなの前から知ってるから」

「違うし、絶対違う。」

私は真っ赤になりながら否定すると、高尾は苦笑を浮かべて私の額にデコピンした。痛い。けれど苦しくない、辛くない。むしろ何処か甘さを孕んでいた。

「苗字が告白してくれるまで、お預けー。」

期待させて落とすなと、私は高尾の脛を思いっきり蹴る。その時、私は笑っていた。