わたしたちの町内の祭では盆踊りの太鼓や笛の音を若者たちが担当するのが風習?とでもいえばいいのか当たり前のように幼い頃から教えられる。祭が近くなるこの時期になると、大輝やさつきも部活の有無に関係なく稽古場を訪れては練習をしにやって来るのだ。
「お疲れ」
「おー、お疲れさん」
 バサリと物の入っていないカバンが置かれる音にわたしがそう言うと、気だるげな声でそう返してきた。さつきの姿はない、今日も大輝は一人先に来たようだ。理由は知っているけれど、言及はしないつもりだ。それはさつきの役目であってわたしが言うことではないからだ。
 大輝は町内の中で一番太鼓を叩くのがうまい。笛はからきし駄目だったが、昔から太鼓だけはのみ込みも早くて大人が感嘆するほどだった。彼が叩くと、身体の奥から何かを揺さぶられる感じがする。「大きくなったら和太鼓の奏者になればいいのにねえ」なんて、誰かが言ったのに対して、幼かった彼は屈託もなく笑って「おれはずっとバスケすんだぜ」とのたまったのを今でも覚えている。なぜなら太鼓を叩いているときよりも、バスケをしているときの彼の方が一段と好きだったのだから。
「おい、」
「なぁにー?」
「笛、吹けよ。太鼓叩くからよ」
 特別な大輝専用の青く塗られたばちを片手にわたしに促した。いいよ、と言うと置かれた和太鼓の前に立ち、ばちを構える。横笛を口元に寄せて彼を見れば、いいぞと目が言っていた。
 昔のわたしは太鼓も笛もロクに出来なかった。でも、太鼓がうまい大輝や普通に笛を吹けるさつきが羨ましくて、夏でもないのに笛の練習をしていたことがある。今は大輝に合わせることが出来るくらいには成長した。彼の音に身体を揺さぶられながら、自分の笛を鳴らし続けた。
「お前、昔よりうまくなったよな」
「そりゃね。でも、大輝には負けるよ」
「そうか?普通に聞こえるぞ、お前の音」
 嬉しかった、大好きな大輝に褒められたから。
「あーもう、青峰くんってば!また部活サボって!!」
「あ、さつき」
「んだよ、うっせえな」
 お疲れ、大変だね。というとさつきは苦い笑みを浮かべた。それ以上は何も言わない。目の前で繰り広げられる口論を、ただ微笑ましく思いながら見た。
 いつかこの夏は終わるのだろう。彼と彼女が、わたしと違う道を進んでいる時点で、交わることの少なくなった時点でそれは分かりきっていたことだけど。さつきは分からないけれど、大輝はきっとわたしがフルートを習っていることなんて知らないだろう。その理由も、ぜんぶ。
「ちょっと二人とも、喧嘩してないで練習。もう少ししたら小さい子達も来るんだから」
 わたしが諌めると、さつきはごめんねと眉尻を下げて謝って、対する青峰はへーへーと適当な返事をしてきた。イラッとしたので持っていた笛で軽く叩いてやった。
この夏を忘れて、わたしたちは大人になる
 忘れたくなど、ないのだけど。