夏休みが近づき、授業も午前中のみとなった今日。 日差しの鋭さを感じながら私が最寄り駅付近の掲示板に見かけたのが、花火大会を兼ねたお祭のポスターだった。 お祭自体は明日6時からで、近所の神社周辺一帯で行われる。 昔一度だけ行ったことがあるけれど、かなりの大規模で人に揉まれ花火どころでなかったのを思い出した。 その時は友達数人と行ったけれど、今の私には恋人がいる。 夏祭り、花火、浴衣…。なかなか青春なんじゃないかな。 「…てことなんだけど、一緒に行かない?」 「突然すぎんだろ…つーか俺明日7時まで部活!」 そういえばそうだった。 夜遅く…といっても大我が家に着いてご飯を食べ終わったであろう時間帯に私は電話をかけた。 勿論内容は夏祭りの話。 そして予想はしていたが、結果は残念に終わりそうだ。 「だよねー。なんとなくそんな気はしてたけどさ。」 「お、おう…なんか悪ィ」 「いやいいよ、それに大我人ごみ嫌いでしょ。どっちにしろ無理かな。」 ははは、と私は冗談っぽく笑ってみせる。 こんな風に言っているけど、少しショックだった。 祭りはいいとしても、花火は見たかったなあ。 浴衣を着た大我の横で、二人で花火を見上げたかった。 身長190cmもあるのに、合う浴衣なんてあるのかな? っていうかアメリカ暮らしが長いから浴衣の存在を知ってるかすらも危ういなぁ…。 一人で物耽っていると、しばらく黙っていたらしく大我が焦ったように私の名前を呼ぶ。 ああ、そうだ。電話してたんだったね。 「まーいいや。なんかごめんね。突然。」 「いやその…誘われるのは、嬉しかった。けど…」 私が大我にお願いごとをしてそれが叶えられない時、いつも大我はこうやって罰が悪そうにする。 そんなに気にしなくてもいいのに。そういっても彼の口調は沈んだまま。 「…ん?そういえば、祭ってどこでやるんだっけ。」 「え?言ってなかった?駅の近くの薬局の前にあるでしょ。そこ。」 っていうかこの辺で近い神社なんてそこくらいしかないでしょ。 日本に戻ってきてもう割と経つんだし、そろそろ覚えてよと笑って言うと、大我はさっきとは違う気の抜けた声で言った。 「そこ、俺んちのベランダから見えるぞ」 翌日、私が浴衣姿で立っているのは祭り会場の神社ではなく、大我のマンションの前だった。 大我のマンションから花火が見えることがわかった後、いいなあと私が嘆いていると、「だったら8時前に俺の家来て見りゃいいじゃねーか」と大我が言い出したので、結局その通り、大我のマンションに行くことになったのだった。 お母さんに話すと、せっかくなんだから浴衣を着ていきなさいなんて言って淡いピンクの浴衣をたんすから持ち出してくる。 結局祭り会場が大我の家にかわっただけで、私は理想の花火大会を過ごすことができそうだった。 マンションのロックを大我に解除してもらってから、慣れた手つきでエレベーターに入りお目当ての階まで上っていく。 鍵は既に開いていて、声をかけて中に入るとラフな格好をした大我が玄関に首を出した。 「…浴衣。」 「アレ、大我浴衣知ってたの?」 「バカにしてんのか!?」 アメリカ育ちだからてっきり、なんて言うと「一応生まれてから何年かは日本で育ったからな?」と青筋をぴくぴくさせて言った。 私がちょっとばかにしてるのが気に障ったらしい。けどいつものことなので特に何も言わないでおく。 「ホントに花火見えるの?」 「しらねーけど、会場見えるんだから見えるだろ。」 「そう…かなあ?」 浴衣だから小股でベランダの方まで行って、手摺から外を覗き込んだ。 大我は後ろで冷蔵庫の中を覗いている。 確かにベランダからは薄暗い空の下に祭の賑やかな光が見えていた。 神社の場所もおおよそ分かるくらい。これなら…見れるかな。 「ん。」 「あ、ありがと…」 大我が冷蔵庫から帰って来て、グラスにいれたコーラを持たせてくれた。 大我の手にも同じサイズのグラス。うーん、なかなかさまになっている。 「大我なんかコーラ似合うね」 「コーラに似合う似合わねえもあるのかよ…」 「水戸部先輩とか」 「あー…」 大我の学校の先輩の名前を出すと、納得がいったらしい。 あと黒子くんもかな、なんて言うと大きな手のひらで口をふさがれた。 「せっかくなんだしよ、あんまり…言うなよ」 せっかく二人っきりなんだし、他の男の名前を出すなよと言いたいらしい。 嫉妬してるの?なんて挑発的な笑みで言うと、うっせえと祭のほうに目を逸らした。 かっこいいけど、こういうところはかわいいなあ。 「そろそろはじまんのか?」 祭のいくつかの照明がぱたぱたと落ちていく。 少し暗くなったところから、ひゅるると打ちあがる音がした。 「うおお…」 「すごいね」 まだ序盤だからか小さいが、いくつもの花火が交互に打ちあがっていく。 赤、緑、紫と色を変えるそれは、隣の大我にカラフルな影を落とした。 大我は私がじっと見ているのにも気づかず、口を開けて花火を見ている。 …小学生みたいだ、なんて思ったのはナイショ。 私も花火に視線を戻すと、ちょうどピンクのハート型の花火が打ちあがったところだった。 タイミングがタイミングなだけに、なんだか気恥ずかしくなる。 「綺麗だね。」 「おー。」 花火が始まってから20分ほど経っただろうか。 そろそろフィナーレなのか、打ちあがる花火の数が増え、大きなものへと変わっていく。 空は一気に盛り上がりを見せた。 「大我。」 「…なんだよ」 「また、来年も見たいなぁ」 大我がこっちを向いたのが分かるけれど、私は花火を見つめたまま。 すると大我の影が動くのが見えて、そのすぐあとに私の首に太い筋肉質な腕が回った。 大我に後ろから抱きしめられているのだと理解する。 「…珍しいことするね。」 「せっかくだし、よ」 いつもは照れてこんなことしないのに。 やっぱり花火ってすごいなぁ。 どうやらもう終わりらしく、最後に特別大きな花火が打ちあがった後、夜は静寂に返った。 |