すっかり夏の名残を見せなくなった色素の薄い秋の空を眺めながら、喉に流し込んだミルクティーは既に元が温かかったのかそれとも冷たかったのかすらわからないくらいにぬるくなっていた。その口当たりの悪さに顔をしかめると、隣に座るのんきな声がどうしたの?と顔を覗き込んでくる。なんか小動物みたいだ。

「……ぬるい」

眉間に少し皺を寄せそう呟けば、なまえは俺の手元に視線を向け小首を傾げた。傾けられた輪郭に合わせ、やわらかそうな髪の束がふわりと揺れる。

「捨てればいいんじゃない?」

「いや、それは勿体ねえだろ」

「うーん……」

シズちゃんって、変なとこ律儀だよね。そう言いながら、伸びてきた腕は俺の手からひょいと缶を取りあげ「ちょっと一口」と中身を口に含んだ。ゴクンと微かに音を鳴らす喉は透けてしまいそうなくらい真っ白で、この手で絞めたなら簡単に折れてしまいそうだ、なんて思った。考え過ぎか。

「あんまり美味しくないね」

「だな」

苦笑いする声に缶を受けとりながら相槌を打つ。しかし買ってしまったものは最後まで飲むべきだろう。そう思い一息に中身をあおった。喉に流れる生ぬるい甘さは、やはり美味くはない。

「シズちゃんシズちゃん」

「どうした」

「眉間」

また顔しかめてる。そう言いながら自分の眉と眉の間に人差し指を当て笑う。その姿が妙に可愛らしかったものだから、自然と寄せた眉は和らいだ。ああ、ほんとにこいつは。

「しかめっ面ばっかしてるとかっこいい顔が台無しだよ?」

「ああそうかよ」

本気なのか、冗談なのか。こいつのことだから本気なんだろうと思うと上手く言葉が返せなかった。その照れ隠しに手近なごみ箱へ空き缶を放り投げる。

「あっ」

と、勢いあまってごみ箱ごと倒してしまったようでガシャン!と騒がしい音が、隣からは笑い声が沸いた。

「ナイスシュートだね?」

「じゃねえだろ、どう見ても」

「あはは」

「……とりあえず直してくる」

ベンチから重い腰を上げて、転がったごみ箱を立て直しに向かう。よかった、変形とかはしてねえみたいだ。周りに散らばった分も片さないとと思っていると、座っていたなまえもぱたぱたこちらに駆け寄って来て「手伝うよ」と足元のごみを拾いあげた。

「ん、サンキュ」

「いえいえー」

二人掛かりの片付けはすぐに終わり、ふと時計を見ると時刻はもう夕方から夜に差しかかった頃だ。そろそろなんか食いにいくか、そう言いかけてなまえに目をやると、どこか落ち着かない様子でグーパーグーパーと手を握ったり開いたり。──ああ、そうか。

「そうだな、手、繋ぐか」

「! うんっ」

言うが早いか、ぱあっと表情をほころばせて俺の左手にゆるりと触れる。そして控えめに指と指を絡めて、きゅっと力がこめられた。これはそう、俺達の間の合図みたいなものだ。こいつが行き場なさそうに手をそわそわさせている時は手を繋ぎたい時で、繋ぎたいなら好きに繋いでくれればいいんだがこいつは俺が承諾しないと決して繋ごうとはしないから、俺がそれを促す。自分から手を繋げない俺と、自分から手を繋ぎたいと言い出せないこいつの、暗黙の了解。

「えへへ、シズちゃんの手はいつもあったかいね」

「お前の手が冷たいだけだろ」

しまりのない笑顔を浮かべるなまえの手はひやりと冷たい。夏は終わったものの、まだ秋というには暖かさが残る気候だというのに。それでもこいつの手はいつも冷たかった。

「んー きっとさ、シズちゃんにあたためてもらうために神様が冷たくしてくれてるんだよ」

「なんだよそれ」

呆れて笑えば、本気なのになーとなまえは唇を尖らせる。ああでも、そうだな。何もできない──自分から手を繋ぐことすらできない俺の手が、いつも冷たいこいつの手を暖めてやれているのなら。少しでも何か、幸せを与えてやれているのなら。言葉にするには照れくさいこの気持ちが、繋いだ手から温もりと一緒に伝わればいい。そう思えば、手を握る力が少し強められて、悪戯っぽく笑う顔にまた笑みが溢れた。きっと、愛しいっていうのはこういうことを言うんだろう。

「で、飯なに食いに行く?」

再び問うた頃にはもうなまえの指先は暖まりはじめていた。冷えきってしまわないように、しっかりと繋いでおかないと。そしてまた冷えた時にはこうして俺が暖めて。そうやって、こいつと歩んでゆければいいと思う。ずっと、ずっと。