なまえは、あの後しばらくして都内の病院に入院することになった。新羅の所に長期で世話になるわけにもいかないし、ちゃんとした病院で診察を受けた方がいいから、ということらしい。入院の際、怪我の原因を問われたなまえが一向に口を閉ざして両親を困惑させたらしいというのは後から知った話だ。その後、俺の所為だと謝りに行ったのだが、なまえのお袋さんはというと俺が原因だと知ってなぜだか納得がいった様子だった。「お父さんには黙っておくわね」そう言って笑った顔は少しなまえと似ていて、ああ、頭が上がらないなと思った。

当て所もなく歩いていると、ふと目に留まったのは花屋だった。あいつの見舞いに持って行ってやろうか。そんな、らしくもない考えが頭に浮かぶ。病院は退屈してるようだったからあいつの好きそうな漫画やCDなんかを見舞いがてらに何度か持っていってやったけれど、そういえばあの病室に花は置かれていなかったはずだ。いやでも、俺の柄じゃねえか。花なんて。

「何かお探しですか?」

「えっ」

どうやら俺は相当、花をじっと見つめてしまっていたらしい。店の前で立ち往生している俺を客だと思ったのだろう、店内からわざわざ出て来た店員に声をかけられてしまった。これは、違うとは言い難い雰囲気だ。

「あー……その、見舞いで」

友達、の。次いでそう小さく足せば、人の良さそうな店員は「そうですか」と笑った。

「女性の方ですか?男性の方ですか?」

「えっと、女、っす」

「ふふっ」

俺の歯切れの悪い言い方から何かを察したのか、向けられたのは先程の接客上のものとはどこか違う笑みだ。なんだか居心地が悪いというか、気恥ずかしい。男だと言えばよかっただろうか。いやでも、男が男の見舞いに花を贈るというのも気色悪いか。

「大切なお友達なんですね」

「……まあ」

「ご予算を教えてもらえれば、こちらで見繕わせていただくこともできますよ」

「ああ、じゃあそれで」

花の種類なんて聞いたところで俺にはよくわからないし、ここは任せておいた方がいいだろう。予算を伝えれば、店員は小ぶりな花をいくつか手にとり纏め始めた。学生の身で出せる金額なんて僅かなもので、豪勢な花束には出来なさそうだ。

「……友達、か」

店員に言われた言葉を反復して、苦笑が漏れる。とはいっても、先程自分の口から出た言葉なのだが。
あれから、ずっと考えていた。なまえのあの言葉は告白だったのだろうか、と。俺はどちらかというと、自分が恋愛事には疎い方だという自覚がある。けれどあの時のなまえのあの言葉にはただの幼馴染みへ向けるにしては行き過ぎた、何か特別な感情があるように思えたのだ。そうだ言うなれば、俺があいつに向ける感情とよく似た──いや、いくらなんでもそれは都合よく考えすぎか。

あの時、なまえは俺が思っていたよりもずっと強く、俺の手を握り返してくれた。脆くて弱くて、触れてしまったならすぐにでも壊れてしまうんじゃないだろうかと、そんな風にばかり思っていたなまえは、しっかりと俺の手を握っていた。それだけで、自分の不安がどれだけひとりよがりだったのかがよくわかった。俺はろくにあいつの気持ちを汲んでやれていなかったし、わかってもいなかったんだろう。

「……友達じゃ、ねえよな」

逃げねえって決めたんだ。自分の力からも、自分の気持ちからも。だから、あいつに伝えたい。お前の言葉で救われたこと。傍に居てほしいということ。友達じゃない。幼馴染みでもない。なまえは、俺の大切な女だって。それを、あいつが受け入れてくれるかはわからない。けれどそれでも、今度は俺があいつにちゃんと伝えるべきだと思うから。
……まあ、入院中のあいつにそんなことを言って悩ませるのも悪ぃし、伝えられるのは怪我が回復してからになりそうだが。

とりあえずは、この俺の柄でもない小さな花束を、あいつが喜んでくれるといい。