「目が覚めたかい?」

気が付くとわたしが見上げていたのは見知らぬ白い天井だった。かけられた声に、おぼろげな意識を覚醒させる。そうだ。あの後折原くんが岸谷くんに連絡をいれてくれて、それから──微かだけれど、黒いバイクのサイドカーに乗せられたことを思い出す。どうやらわたしはここに運ばれたらしい。とりあえずお礼を言おう。そう思い起き上がろうとすれば、途端に身体中を激しい痛みが走った。

「っ……!」

「ああ、まだ動いちゃ駄目だよ」

そう言って、痛みでふらつくわたしを岸谷くんが支えてくれる。その所作はとても慣れたものだった。岸谷くんは高校生ながらに医療の知識を多くもっていて、時々医者の真似事をやっているらしいというのはシズちゃんから聞いていた。わたしはあまり直接彼と関わったことはないけれど、シズちゃんは何度かお世話になっているらしくたまに話をしてくれたのだ。確か、合法とは言い難いようなこともしているとかなんとか。でもシズちゃんの怪我の手当てをしてくれたり、実際こうやってわたしも助けてもらったのだ。岸谷くんは少し変わってはいるけれど、きっといい人なのだろう。

「あの、ありがとう、岸谷くん」

「お礼なら臨也に言ってあげてよ。あいつが人助けなんて珍しいからね。電話がかかってきた時はさながら周章狼狽の面持ちだったさ」

明日は雪でも降るんじゃないかな。そう言って岸谷くんは大袈裟に肩を竦めてみせる。

「左足が骨折、あと肩や腕にも所々ヒビが入ってる。全治二、三ヵ月ってところかな。頭も打ったみたいだから念のためCTも撮っておいた方がいいんだけどうちにはそんな大掛かりな機械はなくてね……病院を紹介するからまた今度そこで診てもらうといい。でも、見たところあまり異常もないみたいだね。よかったよ」

わたしを落ち着かせるように微笑みながら怪我の状態を述べる岸谷くんはやはり先ほども思った通り手慣れていて、本当のお医者さんみたいだなあとひとりごちる。ギプスをされた足を眺めていると、あの光景がまざまざと思い出せるようだった。一呼吸置いて、岸谷くんが少し言いづらそうに口を開く。───静雄くんに、突き飛ばされたんだってね。厳しくたしなめるような口調で、その言葉は続けられる。

「どうしてこんな無茶をしたんだい。幼馴染みの君なら、キレた状態の静雄くんに手を出したらどうなるかなんてわかってただろう?今回は運がよかったからこれだけの怪我で済んだ。けど、もし運が悪かったなら……」

そう言って、言葉端が少し濁されたのは彼の優しさゆえなのだろう。自分でも酷く無茶をしたという自覚はあった。けれどどうしても、自分の身を呈してでも、わたしはシズちゃんを止めたかった。

「だってあのままじゃシズちゃん、折原くんを殺しちゃうんじゃないかと思って」

「静雄があいつを殺しにかかってるのなんていつものことだろう?」

「そう、だけど。なんだかシズちゃんいつもと様子が違って……うまく言えないんだけど」

あの時のわたしは、塞き止めようのない怒りが今にもシズちゃんを押し潰して壊してしまうんじゃないかと、そんな風に思ったのだ。

折原くんが岸谷くんに連絡をいれてくれて、今わたしがこうやって病室のベッドで寝ているということは、たぶんあの後シズちゃんが折原くんを手にかけることはなかったのだろう。その事に酷く安心を覚えた。きっと彼のことだから、わたしに怪我をさせたことをいたく負い目に感じているはずだ。もしかしたら、幼い頃の記憶にわたしを重ねて、シズちゃんは今度こそわたしを遠ざけるんじゃないだろうか。そんなのは、嫌だ。不安に駆られ一刻も早く彼に会いたい気持ちが逸っていく。わたしはまだ、シズちゃんの隣に居たいのに。

「とにかく、もうこんな無茶しちゃだめだよ」

「ごめんなさい。あの、それでシズちゃんは」

「ああ、静雄くんならリビングに居るよ」

「えっ」

けれど、そんな不安は岸谷くんの発言によって拍子を抜かされることになった。今、シズちゃんがここに来ている、って。

「君が運ばれてきた少し後に来たらしくてね。呼んでこようか?」

「あ、う、うん。お願いします」

「じゃあ、ちょっと待っててね」

わたしの反応にクスリと笑って、岸谷くんが部屋を出ていく。それを見送ったまま、わたしは彼が出ていった扉から目を離せなかった。

──期待、してもいいのだろうか。
わたしがシズちゃんから離れたくないように、彼もわたしを離したくないと思ってくれている。そんな自惚れた思考に頭が埋まる。ううん、もしかしたら、ただの責任感なのかもしれない。でもわたしに危害を加えてしまったことでシズちゃんは、わたしと距離を置くべきだと考えたはずだ。いや、きっと今だってそう思っているだろう。けれど今ここに、シズちゃんは来てくれた。それは離れなければいけないという考えより、わたしの傍に居たいという気持ちが勝ってくれたのだと、そう思ってもいいのだろうか。

口を開けば溢れ出てしまいそうな気持ちに、きゅっと息を飲んだ。ねえ、シズちゃん。わたしは、あなたが好きだよ。