(あ、やばい)

ドクン、と下腹部が脈打つのを感じた。わたしの意思に介さず、わたし自身の女である所以が排出されたのだ。その時、わたしがどっと冷や汗を滲ませたのを彼は見逃さなかったのだろう。臨也さんは目敏い。普通の人間のそれの何十倍はあるんじゃないかと思うくらい異常な洞察力で、わたしを簡単に見透かしてしまう。それも嫌なことばかりを狙ったように。今だってそう、何気ない仕草、目線の行き場などでわたしのことを簡単に見透かしてしまった。実際、全てを解っているわけではないのだろう。所詮他人は他人なのだから何もかもを解されてしまうわけなどない。けれど、決して逸らされることのない黒檀色の瞳を見ていると、全身をレンズか何かで透かして見られているような、そんな感覚に陥るのだ。今すぐにでも目を逸らしたいのに、逸らせない。もし逸らしてしまったなら、その逃れた視線ごと心臓まで囚われてしまうんじゃないかと錯覚してしまう。だから、わたしは足の付け根に迫る指の感覚をじっとりと味わいながら、彼の目を見ることしか出来なかった。

「あれ、抵抗しないんだね」

意外そうな声と共に、内腿を這っていた指が外へ回りぐいと下着をずらされる。あまり心地が良いとはいえないレース生地が腿に擦れる感覚に背筋をびくりと強張らせ、同時に思わず漏れそうになった悲鳴は寸でのところで堪えた。そんなものが口をついて出たところで、この人を悦ばせることにしかならないことなどとうにわかっているからだ。

「面白くないなあ。もっと抵抗してくれたほうが俺としては燃えるのに」

「……最低」

「そうかい?加虐心ってものはさ、人間誰しも少しは持ち合わせているものだと思うんだけど」

恰かも自分は普通だと言わんばかりに肩を竦めた彼は、わたしから視線を外さないままごそごそとポケットを探り始める。嫌な予感がする。けれど、未だ射抜くような視線がわたしを深く突き刺しているものだから、体を動かすことも、ましてや抵抗することも出来ない。唯一動かせる唇は、悪態とも言えぬような震えた声で虚勢を吐くだけだ。

「ほんと、最低」

「やだなあ。好きな子ほど虐めたい、ってやつだよ。可愛いものじゃない」

「臨也さんのは、そんなに生易しいものじゃないでしょ、っ……!」

瞬間、腿と下着の間にナイフが滑らされ鋭い痛みが走った。プツンと、ずらされ腿に引っかかっていた下着は呆気なくも剥がされる。そこにべっとりと滲む赤黒い血は、今しがたナイフで傷付けられた腿から伝うものとは違う、他の誰でもないわたし自身から排出されたものだ。生臭い独特な匂いが鼻につき、恥辱が酷く煽られる。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!張りつめていた気持ちが箍が外れたようにいっきに不快感に駆り立てられた。それを待っていたと言わんばかりに、興奮を露にした臨也さんが声音を昂らせる。

「っはは!そうだ!そうだよ!抵抗して泣かれるくらいじゃ、俺は満足できないなあ!生娘のように恥じらう姿なんてものも、至極つまらない。論外だ。俺はさあ、君が恥辱と絶望にまみれる姿が見たいんだよ。……いっそ死んだほうがましだと思うくらいにね」

「ヒッ、」

不自然ともいえるほど急激に底冷えした声に、今度こそわたしは悲鳴をこぼしてしまっていた。カタカタと鳴く両足はもう限界で、そのまま地面へと崩れ落ちそうになる。けれどそれを彼の両腕が許すことはなかった。肩を強引に捕まれて、わたしの身体は乱暴に壁へと押し付けられる。その衝撃でまた、下腹部が脈打った。──ドロリと、内腿を伝う感触に恥ずかしさや悔しさに似た、屈辱と羞恥がない交ぜになったどうしようもない気持ちがせりあがる。

「っ、やだ、離し、」

「澄まして綺麗ぶった顔してもさ、結局君も他の女と同じなんだよ。馬鹿で、浅はかで……こんなに汚い」

内腿へと流れたそれをなぞるように、臨也さんの指が這わされる。まるでピアニストのような長く白い指に酸化した血がべっとりと絡むのを見て背徳的な何かでも感じたのか、背筋がぞくりと粟立った。その反応を目敏い彼が見逃すわけがない。爬虫類のような双眸がわたしを捉えて、蔑むように細められた。

「あれ、感じちゃった?」

違う。そんなものじゃない。そんな、甘く淫靡なものなんかじゃない。この感情はただひたすらに、救いようもない、恐怖だ。
指に絡ませた血を舐めとった臨也さんの唇は綺麗に弧を描き、そしてわたしの唇へと寄せられる。

「ほら────泣けよ」

与えられたキスは酷く生臭くて、吐き気すら感じるほど気持ちが悪い。なのに、どうしてだろう。この人がわたしに向ける感情は紛れもなく愛なのだと、それだけは頭の何処かが理解していた。