(きっと、あなたもわたしも臆病すぎるんだ)

シズちゃんの手が、わたしに触れようと伸ばされる。男の人特有の骨ばった大きい手だ。伸ばされて、ふいに何か透明な壁にでも隔てられたかのように、その指はぴたりと止まった。指先から肘へ、肘から肩へ、視線を動かせば行き着いた薄茶色の瞳は何かとせめぎあうように揺れていた。自分の持つ桁外れの力で、わたしを壊してしまうかもしれないと不安なのだろうか。数えきれないくらいのものを、時には自分さえも傷付けてきたその力は、たとえそれを制御できるようになっていたとしても彼を臆病にするには十分すぎたはずだ。それでも触れたいと願うあまり、いっそのこと壊してしまえたらと心のどこかで思っているのだろうか。優しいあなただから、そんな風に考えてしまう自分にすら苛立ちを隠しきれないのだろう。だらりと項垂れた腕、握りしめた手のひらがきりきりと爪を立てられ震えている。ああ、痛そう。

「ねえ、シズちゃん」

でも、あなたからわたしに触れられないこと、触れないこと、悲しいと思わないの。だって、多くを求められると怖くなる。例えば愛情の延長線として性行為があるとして、それでも身体を重ねることばかりに懸命になられると、愛情すらその行為への免罪符に思えてしまうのだ。わたしの心とわたしの体は同じ場所にある同じものなのに、心だけ置いてきぼりにされたように感じてしまう。だから、わたしはわたしが許容できる範疇でシズちゃんに触れられる、触れてもらうことができる。それにとても安心してしまうのだ。あなたはこんなに悲しそうな顔をしてるっていうのに、ねえ。

「シズちゃん、すき、すきだよ」

爪跡の残る手のひらを手にとりそっと撫でると、シズちゃんは「ああ」と愛を受けとるというには苦すぎる笑みをわたしに向けた。これじゃまるで、許しを乞うているみたいだ。俯いたわたしの顔も、あなたと同じように笑っているのだろうか。