act.31










先輩たちがお見舞いに来てくれた日から数日が経ち、とうとう予定していた退院の日がやってきた。
赤司先輩と黒子先輩のおかげで、これまでの時間を沈んだ気持ちのままで過ごさずに済んだ。
それが何より嬉しい。


家に帰るために、患者服から私服に着替えを済ませる。
それから何気なく病室を見回した。

ここには長いこといたような気がするけれど、時間としては一ヶ月もいなかったのだ。
それにも関わらず、ここで長く過ごしたような気がしてしまうのは、ここで起こった出来事が色濃いものだったからだろうか。
入院生活が始まったばかりの頃は、学校に戻るなんて選択肢すら頭の中には思い浮かばなかったはずなのに。

ノックの音が聞こえてきて、返事をするといつものように春日さんが入ってきた。
何度も交わしたこのようなやりとりも今日で最後だ。



「支度もできてるみたいだし…もうそろそろ行けそう?」

「はい、もう大丈夫です」

「純奈ちゃんのお母さんが言ってたんだけど、病院の入口に迎えの車が待ってるみたいだから、そこまで送っていくね」

「ありがとうございます…」



病室に置いてあった大半の私物は、先に持っていってもらっていた。
残りの少ない荷物を手に取り、忘れ物をしていないか確認してから春日さんの後についていく。

春日さんとも今日でお別れなのだ。
分かってはいたけれど、それでもやはり寂しさを感じてしまう。
どう話をすればいいか分からなかったからこそ、核心に触れた話はできなかったけれど、今日まで春日さんがいてくれてよかった。
自分の学校での凄まじい実情を他人に話すことは、今の今になっても憚られる。

病室の廊下を二人で並んで歩きながら、春日さんに声をかけた。



「春日さん…あの、今まで本当にお世話になりました」

「純奈ちゃんが無事に退院できて、本当にそれだけで安心したよ」

「…入院したとき、色々あって…嫌になることが多くて、ずっとここにいたいなんて少しでも思ったときがあったんですけど…」

「…そうだったんだ…」

「だけど…ここで、色んな人と話すことができて…話せる時間もできて…少しだけ、前向きになれたような気がするんです」

「そっか…うん、よかった」



退院する直前にここまで辛くない気持ちでいられることは自分にとっても奇跡に等しいものだった。
しかし、そんな話をしているうちに春日さんの口数が徐々に少なくなっていき、それがやけに気になってしまう。






×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -