「…純奈ではないんだろう?」

「も、もちろんです…」

「それなら、気にする必要はない。今まで通りにしていればいい」

「…今まで通り、ですか…」

「…気にするなと言っても難しいだろうが、今は他にするべきことがあるんだから、それだけに集中していればいいんじゃないのか」

「え…?」

「これから試験勉強をするんだろう」

「あ、は…はい、そうでした…」



ふっと笑いかけられる。
まだ赤司先輩の教える気持ちが削がれていないことを知って、安心した。
赤司先輩が気にしていないと分かっただけで、本当に大したことではないような気がしてくるのは不思議だ。



「…前みたいに、なれるかな…」

「…前みたいというのはどういうものだ?」

「え、どういうって…だって、今の私…変じゃないですか?」

「以前までの純奈のことを詳しく知っているわけではないが…」



少し考えるような素振りを見せてから、ぽつりと呟く。



「入部したときから感じていたが、美里香の尻に敷かれているようだったね、純奈は」

「…え!?な、なんですか、それ…」

「僕がそう思っただけだよ」

「そんなこと、ないと思います、けど…美里香、私のこと、よく気にしてくれてたからかな…」

「…そうだね」

「……」

「…まあ、純奈とはあまり話すことはなかったとはいえ、見かけることはそれなりにあったからな」

「そうなんですか…?」



確かに、赤司先輩と会話という会話をするようになったのは最近になってからのことだ。
それまでの間、赤司先輩に校内で挨拶をした覚えさえない。
そもそも、私の方から赤司先輩を見かけた記憶がなかった。
逆の状況があったなんて、気付けなかった自分への失望と、若干の嬉しさが複雑に混じり合う。



「僕が見かけるとき、純奈は決まってぼんやりしていて僕に気付いたことはなかったな」

「や、やっぱり…ていうか、そんなに見かけてたんですか…?」

「頻繁ではないが、たまにね」

「……」

「今では必ずといっていいほど、僕に気付くようになったね」

「…そ、そうかもしれません」

「あのときに比べると…少しは親しい間柄になったと言えるのかな」

「…多分…」



目が合いそう。
そう思った瞬間、慌てて視線を別の方向に逸らした。
どうすればいいのか分からなくて、ただただ戸惑ってしまう。

赤司先輩の何気ない言葉によって、こんなにも心が揺さぶられるなんて信じられなかった。
ここまで思い入れが強くなってしまうのも、誰より早く私のことを理解してくれたからだろう。

赤司先輩は特別な人なのだ。
きっと出会ったときから、今までずっと。





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