赤司先輩のことを好きだったときに、こんな状況になっていたら、今より多少は浮ついたことを考えていたかもしれない。
今は好きなのかどうなのかさえ、分からなかった。
でも、赤司先輩と一緒にいると落ち着く。
何かに怯えたり、意味もなく不安になったりはしない。
ぼんやりと考えていると、現実に引き戻すように隣から赤司先輩の声が聞こえてきた。
「学力試験の件なら、昼休みと放課後に教えて、家で復習しておけば十分だろう。純奈がどれくらいできるかにもよるが…」
「え…あの、放課後は部活がありませんか…?」
「…確かに、明日は部活があるね。だけど、試験前の数日間は部活がなかったはずだが」
「あ、そうでした…あの…放課後も…?」
「慌ただしい昼休みの数十分程度の時間だけで、二週間分の遅れが取り戻せる自信があるなら構わないよ」
「…取り戻せないです。って、そ、そうじゃなくて…赤司先輩はいいんですか?」
「…さっきもいいと言っただろう。僕のことなら気にするな」
「はい…ありがとうございます」
とにかく、赤司先輩を幻滅させないようにしなければ。
妙な焦燥感に襲われる。
帰ったら、せめて教科書に目を通すくらいのことはしておいた方がいいかもしれない。
「入院する前に、僕と話した教室は覚えているか?」
「ええと、廊下の一番奥の空き教室…ですよね?」
「ああ、そこなら誰にも邪魔されずに集中できるだろう」
「そうですね…図書室じゃないから話せるし、ちゃんとやれそうです」
「そうだね」
「明日のお昼休み、行きますね」
「試験範囲はもう聞いているだろうから、確認してきてくれると助かるな」
「…はい」
「じゃあ、また明日」
いつの間にか、自分の乗る電車の改札口の前まで来ていたことに気付く。
話していて全く気付かなかった。
もし何かあったらメールで連絡してくれ。
それだけ言うと、赤司先輩は軽く手を振って、歩いていってしまった。
遠ざかる赤司先輩の背中を見つめて、姿が完全に見えなくなったところで我に返る。
今夜は悠長に過ごすような時間の余裕はない。
帰ったら、何かしらの教科書を読んでおこう。
悶々と考えながら家路を急ぐ。
今日は、最後まで赤司先輩に美里香のことを話せずじまいだった。
そもそもこれは赤司先輩に話すべきことなのだろうか。ふと考えてしまう。
こんなときにいつも赤司先輩の顔を思い浮かべてしまうなんて、一体私は赤司先輩のことをなんだと思っているのか。
美里香のように、自分が無意識のうちに頼りすぎることによって、いつか愛想を尽かされてしまう日が来るのではないか。
そんな不安な思考を頭に馳せると、話すことも躊躇ってしまう。
でも、今はとても自分一人の力では美里香の本意を汲み取れる気がしなかった。
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