作業に集中していたとき、突然背後で戸の開く音がして、はっと顔を向けた。
勢い余りすぎて、給水器の取っ手をつかんでいる手が滑りそうになる。
赤司先輩が体育準備室を覗いていた。



「あ、赤司先輩…」

「ちゃんと来たみたいだね」

「…はい。あの…何かあったんですか?」

「何もないよ」



そう言いながら体育準備室に入ってくる赤司先輩。
思い過ごしかもしれないけれど、心配して来てくれたのかな、なんて思ってしまう。



「純奈も、何もないなら構わないんだが」

「…美里香…」

「美里香?」

「美里香って、何かありましたか…?」

「…いや、僕も黒子も特に大したことは言っていないはずだよ」

「…そうですか」

「何か思い当たることでもあったのか?」

「えっ、あ…ええと、さっき…」



そこまで口にしたところで、急に美里香が戸を開けた。
正に今、美里香の話題を口走る寸前だったから目を見開いてしまう。
名前を口に出す前でよかった。
まさかドア越しに会話が聞こえていなかっただろうか、途端に不安に襲われる。
そんな不安をよそに、美里香も目を丸くして、開けかけていた戸を静かに閉めようとした。
すかさず赤司先輩が声をかける。



「美里香、どこに行くんだ」

「…純奈と話してたんじゃないんですか?」

「話はもう済んだよ。給水器を取りに来たんだろう」

「はい」

「…体育館に戻るついでだから、僕も一つくらい持っていこうか」



仕切り直すように呟いて、赤司は中身の入った給水器を手に取る。
その姿を見て、美里香が慌てて赤司に声をかけた。



「だ、大丈夫です!赤司先輩は早く練習に戻ってください」

「こういうときくらい、素直に甘えてもらいたいものなんだけどね」

「…すみません…ありがとうございます」



赤司の言葉に戸惑いながらも小さくなり、頭を下げる美里香。
それを見て、赤司は給水器を持ったまま体育準備室から出ていってしまった。
その後を追うように、美里香が急いで給水器を持って出ていく。

残された純奈は、二人の姿をただ静かに見つめていた。





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