「え…なんで教室にいるの?」
「あ?なんだよ、いちゃわりーのかよ」
「悪くはないけど…」
放課後、教室に戻った瞬間、意外な光景に出くわして思わず驚愕の声を上げてしまった。
あの青峰が自分の席に座っている。
心なしか姿勢もややまともに見えた。
部活に行かないのはいつものことだけれど、自分の席に大人しく座っている青峰の姿からはとんでもない違和感が漂っている。
授業中は脇目も振らずに爆睡していたり、起きていたとしてもだらしなく座って放心しているところしか見たことがない。
だからこそ動揺を隠しきれなかった。
青峰は一瞬だけこちらに視線を向けるけれど、何を言うわけでもなくすぐに机に顔を突っ伏す。
「おい、文句ないならさっさとドア閉めろ」
「…うん」
「よし」
「今日は屋上じゃないんだね」
「…どういう意味だ」
「放課後は屋上で寝転がってるイメージ」
「冬なんだから、空き教室で暖房つけて寝た方がいいだろーがよ」
教室はうるせーけど寒いよりマシ。
言葉尻に付け加えて、それきり微動だに動かなくなった。
青峰は横着者だ。
というか、そういうことに関しては多少なり頭を回しているのだろう。
珍しい青峰の存在に気をとられながらも、自分の席に置いたままだった鞄を手に取った。
それから空いていた青峰の前の席に座って、目の前にある青峰の頭頂部を見つめる。
「青峰って髪の毛短いね」
「…」
「なんか青がかってるし」
「…」
「そういえば、さっきさつきちゃんに会ったんだ」
「…」
「大ちゃんが部活に来てくれない!って言ってたよ」
「…お前、寝かせる気ねえだろ」
先程のさつきちゃんの言った様子を自分にできる最大限の精度で再現してみせると、青峰がゆっくりを顔を上げた。
怒っているわけではなさそうだ。
ただ、呆れ果てたような顔をしている。
しかし、それでも不愉快なのか眉をひそめてこちらを威嚇するように睨みつけていた。
「だって授業中にあれだけ寝ておいてまだ寝るとか、睡眠欲ありすぎだよ」
「別にいいじゃねーか。さつきがいなくてとやかく言う奴がいなくなったと思ったら、今度はお前かよ」
「私がいても、気にせず好き勝手していいのに」
「できるか!」
ツッコミを入れるように返事をすると、青峰は渋い表情のまま重い腰を上げた。
それから鞄を取って、さっさと教室から出ていってしまう。
わざわざ待っていてくれるような性格ではないことはよく分かっていたから、置いていかれないように青峰を追いかけた。
ポケットに両手を突っ込んで寒さに堪えるように身を小さくしている青峰がやけに可愛らしく見える。
「さっみ…暖とってから帰ろうと思ってたのに、お前のせいでパーじゃねえか」
「帰りにあったかいものでも買おうよ」
「あー…肉まんとかいいな、肉まん」
「食べたいねー」
「…お前といると、なんか調子狂うわ」
「どう狂うの?」
「なんつーか…ボケそうになる」
「チェンジオブペースって奴だね」
「…なんでお前がそんなこと知ってんだよ」
「なんで?」
「聞いたのはこっちだろーが!なんで聞き返すんだよ!」
求めていた答えを言ってもらえなかったからか、青峰は不満そうに小さく舌打ちをする。
それを横で見ていたら、おかしくもなんともないのになぜか小さく笑ってしまった。
「…なんだよ、なんで笑ってんだよ…はあ…マジ意味分かんねー」
ムキになった青峰を無視して笑い返すと、やがて諦めたように目を逸らす。
何も言わずにいると、本当に諦めたのか、さみい…と呟いた。
部活に出て、バスケでもすれば自然と体も温まるんじゃないの。
言葉は喉元まで出かかったけれど、声として出てくることはなかった。
言ったところで部活に行くこともないだろうと分かっている。
まるで少しでも一緒にいようと、言葉なく引き止めるように、ただただ沈黙を守り続けた。
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公開:130220~130317