冬の日没は早い。
冬場は部活をどれだけ早く上がったとしても、暗くなる前に帰ることはできない。
着替えてから先輩たちに挨拶をして、一人で部室を出ていく。
今日は静かな一日だった。
その理由はきっと、高尾がいなかったからだろう。
どうやら風邪をひいたらしい。
なんとかは風邪をひかないというのに、やはりあれは迷信だったのか。
我ながら可愛げのないことを考えながら校門の方に歩いていくと、見慣れたクラスメイトの姿を見付ける。
しかし、こんな時間でこんなところで見かけるには不自然だった。
向こうも自分の存在に気付いたのか、すぐにこちらに向かって駆け寄ってくる。
「緑間くん…ききき、奇遇だね…」
「…そんな凍えた声で言われても、少しも奇遇だと思えないのだよ」
暗がりでも白い吐息がはっきりと見えて、それがまた寒々しい。
そのことから長い時間ここにいたことが分かった。
しかし、高尾と仲が良いのか、よく一緒にからかってくるようなクラスメイトだからこそ身構えてしまう。
「まさかとは思うが、待っていたのか?」
「う、うん、そうだよ」
「どうしてだ」
「ええと…高尾くんからメールが来たから…」
「…なんだと?」
「今日は風邪で休んじゃって、真ちゃんが一人で寂しくて泣いてると思うから一緒に帰ってねって」
「なんだそれは」
自分の知らないところで信じがたいやりとりをしていたことを知り、反射的に鋭い眼光を向けてしまいそうになった。
しかし、寒さに凍える姿を見ると追い討ちをかけることも大人げないような気がして、やれやれと息を吐く。
さっさと先に歩いていき、それから吐き捨てるように呟いた。
「大きなお世話なのだよ」
「またそんなこと言う…」
「大体、お前もお前だ。こんな時間まで待ってるなんて暇なんだな」
「暇じゃないもん。やることあったから!」
「ふん…それなら、どれくらい待ってたんだ」
「30分くらい?」
「…待ちすぎなのだよ」
「だって、いつ来るか分からなかったから」
「…」
30分もこんな寒空の下で待っていたら、体が凍えきっても無理はない。
もうすでに指先の感覚がなくなっているのか、しきりに手を擦り合わせている。
そのとき、あることを思い出した。
しかし、言い出すべきか迷ってしまう。
少し迷ってからスポーツバッグの中を探った。
「緑間くん…何してるの?」
「今日のラッキーアイテムの予備を探しているのだよ」
「ラッキーアイテムの予備?」
「これだ」
未開封のカイロを冷たい手のひらに押しつける。
すると、驚きの表情で見上げられた。
「え…も、もしかしてくれるの?」
「今日は用意しやすいラッキーアイテムだったから多く持ってこられただけだ」
「ありがとう…いつもからかってごめんね」
「自覚があるようで安心したのだよ。まあ、お前も運がよかったな」
「うん!」
いつもは鬱陶しいと思っている存在さえ、ないと感じてしまう物足りなさ。
そして何より、ほんの一瞬だけでも待っていてくれて嬉しいと思ってしまったこと。
全てこの冬の寒さのせいだ。
自分のことなのに気味が悪くなってしまい、忌々しくて溜息を吐く。
もやがかった吐息は空気に混じり、暗がりの空に消えていった。
130306
公開:130122~130220