「…あのさぁ…さっきから何してんの?」
「何って?」
「だから、なんで後ろについてくんの〜」
「…隠れてるの」
何から?
様子を窺うけれど何かに追われているわけではなさそうだ。
少し後ろを一定の距離を保ちながらついてくる気配がいつまでも消えない。
しかし、害はないと判断したのか紫原はまた前を向き直して歩いていった。
今日は雪がちらついている。
それだけではなく、風も強かった。
朝の学校までの道のりが寒くてどうしようもない。
容赦ない向かい風に長い髪の毛が乱れるけれど、直したところですぐにまた乱されてしまう。
紫原はそのことをよく承知しているのか手を加えるようなことはしなかった。
面倒そうに顔全体にかかっている髪の毛を振り落とすように首を左右に振る。
「さっむ〜…風やばすぎ〜…」
「うん…いつも寒いけど、今日はすごく寒いね…」
本当に寒いのか、微かに震えた声が後ろから聞こえてくる。
何気ない一言にも返事があって、紫原は足を止めることなく声のした方にちらりと目を向けた。
足の長さから歩幅にも結構な差があるはずなのに懸命についてくるその姿を見て、ふとあることに気付く。
「…ちょっと気になったんだけどさー…なんで髪の毛が乱れてないわけ?」
「え?そんなに乱れてない?」
「うん。俺なんかこんなんなってんのに…」
そこまで口に出した瞬間、正面から突風が吹いてくる。
全身に浴びるように受けてしまい、紫原はうざったそうにまた首を左右に振った。
少しばかり髪の毛が元通りになったところで紫原は今までずっと気になっていたことを切り出す。
「もしかして…まさかとは思うけど〜…俺のこと、風除けなんかにしてないよね〜?」
「……」
「…え?」
「……」
さっきまでどうでもいい発言に対してまで律儀に相槌を打ってくれていたはずなのに、返事がなくなって紫原は振り返る。
すると、無言のまま笑顔を向けられた。
あながち外れたことを言ったわけでもないのかもしれない、そんなことを思いながら紫原はまじまじとその姿を見つめる。
髪の毛や制服には大した乱れがない。
そのとき、風から隠れているという意味をようやく理解できて、紫原は不愉快を露にした。
「俺のこと風除けにしてたとか、ありえねーし!寒いのに!」
「だ、だって、紫原くん背が高くて大きいから」
「そーゆーの関係ないと思うんだけどー」
「ごめん、つい出来心で…」
「別にいいし。どうせ俺は風除けだも〜ん」
「紫原くん〜…」
不貞腐れたように拗ねてしまう。
こうなってしまってからは謝罪の言葉はなかなか通用しない。
しかし、自分がこんな風に扱われているなんて夢にも思っていなかったから、ますます許しがたかった。
そんな紫原の様子に気付いて、すぐさま背後から隣に移動してくる。
反省しているのか、自分から見るとただでさえ小さい体をさらに小さくしていた。
何か考えるように灰色の空に顔を向ける。
白い息を見つめて、視線を再び隣に移した。
不意に紫原の手がその顔に伸びる。
突然のことに驚いて目を丸くしているけれど、気にすることなく冷えた両手で顔を包み込んだ。
「つ、冷た…!寒い!やだっ」
「俺にばっか寒い思いさせた仕返しー」
「え!?は、離して…!」
「やだ。すっごいあったかい〜」
「寒い!寒い!」
左右から冷たい感覚に身をよじらせる姿を見て、紫原は愉快そうな笑みを浮かべる。
手のひらから伝わる体温が冬の人恋しさまで埋めてくれているような気がして、しばらくはこの手を離せそうになかった。
130125
公開:121222~130122