この頃、緑間くんは私に対して冷たい態度で接することが多くなったような気がする。絶対に冷たくなった、なんて言い切ることはできない。いずれにしても、そうだと思える確証がないからこそ、全てがただの憶測に過ぎない。以前から、お世辞にも人当たりのいい性格とは言い難い緑間くんをよく知っていたから、突然冷たくなったと大袈裟に動揺することもなかった。それにしても、自分の知らないところで何か気に障るようなことをして、ついには嫌われてしまったのだろうか。万が一、私に怒っていたとしても、その理由は見当もつかない。それに、いつまでも答えの出てこないことを考えるのは辛いものがある。緑間くんの様子を窺うように横目を向けた。しかし、その視線に気付いたのか、緑間くんは心の底から不愉快そうな面持ちでこちらを睨みつけてきた。
「こっちを見るな。不快なのだよ」
「…二秒くらいしか見てないんだけど」
「ふん、二秒でも三秒でも見たことは見ただろう」
いつものことだけど、何をわけの分からないことを言ってるんだろう。そうは思ったものの、男性特有の低い声で反論されてしまい、言い返す気も失せてしまった。そんな憎まれ口を叩く割には、緑間くんは席を立つ素振りさえ見せない。近くの席にいて、これまで何度も他愛のない話をして休み時間を過ごしたりしていたから、唐突にこんな態度に変貌してしまい、これでも少しは困っているのだ。気疲れする上に、やりにくくて仕方ない。
「何かあったの?」
聞いていいものか迷ったけれど、聞くことにした。お節介とも捉えられるような今の発言は失言なのかもしれないけれど、聞かずにはいられなかったのだ。ちらりと緑間くんの方に目を向けると、まるで苦虫を噛み潰したような、そんな苦々しい顔つきに変わっている。やはり、何かあったらしい。とはいえ、余計なことをして気を悪くされるのも不本意だ。何も言い出せないまま、緑間くんに視線を注いでいると、今度は鋭い眼光を向けられた。
「俺に何があろうと、名字には関係ない」
「ちょっと気になっただけだよ」
「…別に大したことはないから気にするな」
「……」
表面に出てきてしまっているほどだから、決して大したことないものではないだろう。そう思ったけれど口に出すようなことはしなかった。そんなことを言ったりしたら、緑間くんからなんと言われるか分かったものじゃない。ムキになって、反論に反論を重ねる姿が容易に目に浮かぶ。どうしようもないと諦めるように小さく息を吐いて、緑間くんから目を逸らした。
今日のラッキーアイテムについて、静かながらに嬉々として話してくれていた緑間くんを思い出す。そういえば、その日のラッキーアイテムが珍しいものであればあるほど、楽しそうに話していたかもしれない。それほど前のことでもないはずなのに、あのときの緑間くんは無邪気だったな、なんて考えてしまう。
ふと緑間くんの方から視線を感じた。しかし、あんなことを言われておいて何事もなく目を合わせるのも釈然としない。せめてもの抵抗と言わんばかりに無視を決め込む。それに気付いているのかいないのか、よく分からなかった。
「俺が素直に感謝したところで、妙な顔をするだけだろう」
緑間くんの口から聞くには意外すぎる言葉に、思わず顔を上げてしまった。予想外にも素早い反応だったからか、緑間くんの驚いた顔が目に映る。すかさず訂正するように言葉を付け加えた。
「い、言っておくが…今のは例えばの話だ」
「…思ってても言わないってこと?」
「そういうときもある」
「でも、たまにはありがとうとか言ってほしいな」
「…ふん、今は特に感謝しなければいけないようなことはされていない」
「ふーん…」
勝手な自己解釈は、一人で前向きな気持ちになるためにも必要なものだと思った。独り言のように呟いて笑いかけると、緑間くんの表情が固まる。そして、すぐさま目を逸らされた。これまでなかなか懐いてくれなかった人に心を開いてもらえた、それと似たような感動を覚える。心なしか、普段以上にこちらを気にしていた。その表情はどこかぎこちない。
「…あからさまに沈んでいたから言っただけだからな…勘違いするなよ」
「緑間くんが気を遣ってくれるとか、奇跡だね」
「そこまで言われるとは心外だ」
「本当だもん。そろそろ諦めようかと思ってた」
「…諦める…!?」
目を見開いて、呻くように言われてしまい、思わず返事に詰まってしまった。緑間くんの動揺した姿なんて貴重だ。もう金輪際、見られないかもしれないと思うと機会を逃すことも心惜しくて、ついつい魔が差してしまう。
「嫌がられてると思ったんだもん」
「…そんなことを言った覚えはないのだよ」
「だって、いつも酷いこと言うし」
「そ、そんなのいつも話してるんだから、俺の冗談を聞き分けることくらいできるだろう…!?」
「できないから!」
**
呆れ顔の名字が席を離れて、名残惜しい気もしたけれど、ようやく一人になれた。そのときになって、ずっと張り詰めていた肩の力がやっと抜けて息を吐く。名字と入れ替わるように高尾がやってきて、一方的に話を始めた。今の今で高尾の話なんて耳に入るはずもない。それにしても、自分自身にイラついて仕方なかった。いつからか、あいつの自分に向ける態度が気になってどうしようもなくて、他人の反応なんかに見向きもしなかった、そう思わずともいられた自分はどこへ行ってしまったのだろうか。今は見る影もない。一人の言葉に慌てたり、焦ったり、はたから見ればまるでバカみたいだ。今すぐ離れてしまいたいと思うのに、いざ離れるとなると掌を返すように離れたくないと思ってしまう女々しい自分が堪らなく憎かった。
130304
ちょび。さん、リクエストありがとうございました