名前はいつも僕の反応を気にしている。僕の行動の一つ一つに色々な反応を示して、それはもう慌ただしい。本心からではなくても不機嫌そうな顔をしてみれば困ったような顔をするし、かといって微笑みかけてみせると、まるで幽霊を見てしまったかのように目を見開いて、戸惑いながらも喜んでいるのが傍にいてよく分かる。あらゆる表情を忙しなく見せてくれる名前は、見ていて飽きない。だけど、恋人でもない僕のことをどうしてここまで気にかけるのだろうか。名前が一喜一憂する理由は、おそらく自分が考えているものとはまた別のものなんだろう、と思う。
別のクラスの男子生徒が、教室の出入り口のところで名前に教科書らしきものを手渡している光景が目に映る。自分の席に座って、頬杖をついたままその一部始終を見ていた。笑顔で教科書を受け取って、こちらに戻ってくる名前に目を向ける。横をすり抜けて、自分の真後ろの席に座ったところで声をかけた。


「今、あの男子と話す必要はあったのか?」

「え!?い、いきなりどうしたの?」

「別に深い意味はない。必要性の有無の話だ」

「…いつも思うけど、赤司くんって本当に変わってるよね」

「僕から言わせてもらうと、名前の方が変わってると思うけどな」

「次の授業で使う教科書を忘れて、それで借りたからお礼を言っただけだよ」

「つまり、自分の手違いが原因で話すことになったというわけか」

「うん。これもいつも思うけど、本当に難しい言い方するね」

「確かに堅い聞き方だったかもしれないが、聞いただけだろう」

「そうだけど…赤司くん、目が本気だから」

「僕はいつもこんな目だよ」

「…」


からかったつもりで言ったことでも、どういうことなのか本気で捉えられてしまう。そもそも深い意味がないだけに、そんなことを言われても返事のしようがない。しかし、ふっと表情を柔らかくしてみせると目を丸くして、安心したのか小さく息を吐いた。こんな風に僕の様子を見て、過敏な反応を示している名前を見ていると、ときどき疲れてしまわないだろうかと思う。意味の分からないことを唐突に言い出しても名前は変な顔をすることもなく、それどころか気遣って無難な返事に適した言葉を探してばかりだ。真面目な話をするだけならばいいことなのかもしれないけれど、名前を相手に冗談が一つも通じないということは自分の中で幾分か問題があるような気がした。
会話が途切れてから、どこからか名前を呼ぶ声が聞こえてくる。声がした方向に目をやると名前とよく一緒にいるクラスメイトたちがこちらを見ていた。それに気付いて、名前は僕の方に視線を向けてきた。


「赤司くん。あっちで友達が呼んでるから行くね」

「わざわざ断らなくていい」

「え!?」

「なんだ、そんな声を出して」

「だって、昨日は…」

「昨日は昨日。今日は今日だ」

「…うん」


不満そうな顔をしたことにはすぐに気付いたけれど、あえて何も言わなかった。おそらく、昨日の昼休みに自分が「人との会話中に断りもなく席を立つのは失礼だ」なんて言ったものだから、名前は気にしていたのだろう。せっかく話していたのに急に席を立ったものだから反射的に言ってしまっただけなのに。冗談を含めたつもりで言ったはずだったけれど、真剣に受け止められていたことを今になって知る。
名前は後ろ髪を引かれながらも席と席の間を通り抜けて、女子たちの輪の中に入っていった。その姿を横目で追いかけてしまう。仲の良いクラスメイトの女子たちと話して笑っている姿はとても楽しそうだ。自分と話しているときとはまるで違う表情を見ていると、どうすればあんな顔を見せてくれるのだろうか、なんて疑問が自然と浮かんでくる。名前はあんな風に笑うのだ。あの笑顔の先には一体どんな表情があるのか。見たことのないような顔で、聞いたことのない声で、知りたい。今になって考え始めたことではなかったけれど、考えればきりがなかった。










「名前、笑え」

「はい?」

「名前の笑ってるところが見たくなった」

「あのね、赤司くん…」

「なんだ」

「楽しいこともないのに、笑えないよ」

「…つまり楽しくないということなんだな」

「な、なんでそんな怖い顔するの…!」


昼休み、将棋を指しにいく気も起こらなくて名前に声をかけた。なんだかんだ言いながらも、僕が昼休みに教室にいるときは名前も自分の席にいることが多いような気がする。笑ってもらえると思って言い出したつもりではなかったため、すぐに前に向き直った。機嫌を損ねたと思ったのか名前が後ろからしきりに声をかけてくる。


「赤司くんが笑ってくれたら、笑ってもいいよ」

「僕はいつも笑ってるだろう」

「…絶対に笑ってないよね」

「もういいよ」

「赤司くん…!」

「うるさいな。この話はもう終わりだ」


話を一方的に打ち切ってから、それきり返事をすることなく前を向いたまま、後ろで未だに何か言っている名前を無視した。少しすると声をかけることを諦めたのか、ようやく大人しくなる。それにしても、いくら身勝手な振る舞いをしても挫けることなく声をかけてくる名前に悪い気はしない。だけど、冗談の一つや二つくらい笑って受け流すことができるようになればいいと思う。自分にしか見せてくれないであろう表情を見る前に踏まなければいけない段階の多さに一人やれやれと息を吐いた。

本当は知っている。全部、分かっている。
反応を気にしているのは、名前以上に僕の方なのだと。






121229
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -