桃井に恋愛感情を抱いている主人公(主→桃)





デリカシーがないというのは、決して男に限った話ではないと思う。以前から私が密かに想いを寄せていた桃井さつきが正にそれだ。さつきはよく自分の好きな男の話をしてくる。私の心の内を知ることもなく、それはもう楽しそうに。しかし、こんなことは考えるまでもなく当然の成り行きなのだ。女が女にそういう意味で好かれているなんて、二人の間に相当なことが起こらない限り、疑うことさえしないだろう。自ら危険を冒してまで、アブノーマルな関係を進展させるつもりは一切なかった。それに、仮にも普通の恋愛観を持つさつきを無理矢理そんな道に引き込むなんて、それこそ無謀に決まっている。それに、なんだかんだ思いながらも叶わない恋に沈んだり、こうして意中の相手の話をしているさつきを目の前にしては腹を立てて、苛立ちを感じることを楽しんでいる自分がいるのを知っている。さすがに、同性にこんな感情を抱く自分に嫌気が差して、どうにかして異性に目を向ける努力を自分なりにはしたことがあったけれど、それでもダメだった。女子からの絶大な人気を誇る黄瀬くんや、陰で赤司様と呼ばれるほどあらゆる面で完璧な人でさえ、心が動かない。

ねえ、私はさつきが好きなの。最初は本当に純粋な友達だって思ってたんだ。いつも一緒にいるもんね。でも、他の子に対する感情とはちょっと違うかもしれない。さつきと色んなことがしたいと思ってるみたいなの。私が変なのは分かってるんだけど、どうすればいいのかな。

言いたい。でも、とてもじゃないけれど言えない。それを言ってしまったら、一体どんなことになるのか、頭の中では分かっているはずだ。それでも危険を顧みず、口に出したい衝動に駆られる。そんなことばかり悶々と考えていたら、急にさつきの顔が至近距離までやってきた。思わず目を見開く。さつきの綺麗な形をした唇を間近に目にしてしまい、咄嗟に言葉が出てこなかった。


「名前、聞いてなかったでしょ!」

「黒子くんの話だよね?」

「違うよ。名前は気になる人いないのかなって言ったんだよ」

「あ、そうだったんだ…うん、気になる人いるよ」

「いたの!?」

「うん」



内緒だけどね。言葉尻に付け加えると、さつきはつまらなそうに頬を膨らませた。多分ここで正直にさつきのことが気になっていると答えたところで、冗談だと思われて終わるだろう。それはそれで構わないけれど、虚しくなりそうだったからやめておいた。ふいにさつきと黒子くんが会話を交わしている状況が目に浮かんだ。同時に、何か尖ったものにちくりと軽く刺されたときの微かな痛みのようなものを胸に感じる。その異様な感覚を紛らわせるために、ゆっくりと顔を向けて、話題を変えて仕切り直した。


「黒子くんとデートとか、キスしてみたい?」

「そ、それは…まあ、もちろん、興味はあるよ。っていっても、これでも一応デートはしたことあるんだけど…」

「へえ…さつき、キスしたことある?」

「ないよ!中学の頃は告白されても断ってきたから、相手いなかったもん」

「そうだったんだ…さくらんぼのなんちゃらっていうのでやけに言ってたから、したことあるのかと思ってたよ」

「あれはネタでやっただけ!…もしかして、テツくんにもそういう風に思われてるのかな…だったらショック…」

「…そういう人って、本当にうまいのかな」

「…分かんない」



目を見合わせて、一瞬の沈黙が訪れる。


「してみようか」

「…え!?や…やだよ、名前、女の子だし」

「同性だからノーカンだって。練習にもなりそうだし」

「何の練習!?ダメ、恥ずかしいからほんとに無理!」

「…さつきとならできそうだと思ったんだけどな」

「何言ってるの…!?ファーストキスは綺麗な夜景の見える公園でテツくんとって決めてるんだから」

「はいはい。じゃあ、黒子くんとのファーストキスが済んだら練習しようか」

「名前…!」

「あはは、ごめんごめん」



そう言って、冗談めいた笑みを浮かべて見せると、もう!と大きい声を張り上げられた。そうは言ったものの、私を疑っている様子は微塵もない。ここまで自分の言葉を真に受けられずに済んでいることには幸運を通り越して、不運なことではないかとふと思ってしまった。日頃のキャラ作りを反省する。とはいえ、突然そんなことを言われるとは思わなかったのか、さつきはあからさまに動揺していて、あちらこちらに目を泳がせていた。さつきが本当に嫌悪感を覚えているのならば性格上、はっきりと拒絶の態度を見せるはずだ。こんな甲乙つけがたい曖昧な態度をとられてしまうと、もしかしたらなんて浅はかなことを考えてしまう。
そうなったときのことを考えると、何も起こっていない今から背筋がぞくぞくした。言い寄ってくる多くの男子を拒否して、黒子くんを一途に想っているさつきの心に踏み込むことを想像するだけでひどい興奮に襲われた。汚れないものを取り返せないほどに穢すような、背徳感にも似た感覚に鳥肌が治まらない。少し癪だけど、黒子くんは我慢しよう。さつきが本当に好きな相手ならば、私が女である以上、我慢するしかないのだ。二人の仲を引き裂くような真似をするほど身の程を弁えていないつもりはない。結ばれることはないと理解して諦めていながら、これからどんな風に振る舞えば自然の流れを装った上で今以上の関係に進めるのだろうかと怜悧に頭を働かせている。さつきと向き合っていると、欲望を満たそうと足掻く自分と偽善者ぶってその欲望に背を向けようとする自分がせめぎ合い、私の内面の均衡が崩れていくのが手に取るように分かった。そんな歪んだ均衡を正そうなんて意思はこれっぽっちもない。しようとしたところで、そんなのはただの演技だ。本心からの行動ではないことは自分が誰より分かっている。善悪どちらつかずの足場の悪い中、そこでしか得られない快感を覚えてしまったのだから。






130506
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