このところ、青峰くんが部活に出てこない。だからといって、部員の誰かが部活に出ろと強要するようなことはしなかった。それが周囲に黙認されているのも、青峰くんだから、その一言で片付いてしまうだろう。青峰くんの様子が変わったことに気が付いたのは、先週末に行われた他校との練習試合のときだ。瞬く間に広がっていく点差に、試合を続行する気力を失っていく他校の選手たち。そんな人たちに囲まれて、コートの真ん中に佇んでいる青峰くんの顔には、これまで自然に浮かべていた楽しそうな表情が一切なかった。さつきちゃんも言っていたけれど、青峰くんは本当にバスケが好きだ。バスケをしているときは、よく笑っていたし、青峰くんにとってはこれが何より楽しいことなんだと見ている方が思わされるくらいだ。けれど、今はそれが全く感じられない。
練習試合の後、赤司くんや紫原くんはまるで大したことないように振る舞っていたけれど、青峰くんだけはぼんやりした瞳で遠くを見つめて、黙り込んでいた。そういえば、試合後は黒子くんや黄瀬くんと楽しそうに話していたはずなのに、ここ最近の青峰くんは明らかに口数が少ない。黄瀬くんに次いで、チームのムードメーカーだった青峰くんがこんな調子では、さすがに心配になってしまう。こんな風になってしまったのは、もしかして…。理由に心当たりはあるけれど、確信がない。結局、変化に気付いていながらも青峰くんのことを気にしているだけだ。長年の付き合いから、さつきちゃんも何かを察しているようだったけれど、何も言わなかった。だからこそ、自分からも何かを言い出すことができなかった。


**


「青峰くん、見付けた」

「…名前か。さつきかと思ったじゃねえか」

「さつきちゃんじゃなくてごめんね」

「んだよ、めんどくせえ奴だな」

「…何してるの?」

「別に、なんもしてねーけど。これ読んでるだけだ」

「…そう」


最近、あんまり部活に来ないね。そんなような言葉が喉元まで出かかったけれど、すかさず飲み込んだ。今の青峰くんに部活の話を持ちかけるのは、なんだか気まずい。それに、私が改まって言わなくても、さつきちゃんが似たようなことを言っているだろう。それにしても、さつきちゃんの情報の正確さにはいつも驚かされる。青峰くんが部活をサボっているとき、よく屋上にいると教えてもらって今日は来てみたけれど、本当にいるとは思わなかった。感心している私も今日は部活をサボった。赤司くんや緑間くんにバレたらと思うと気が気でなかったけれど、それでも青峰くんのことが気になったのだ。
屋上の地面に寝そべって雑誌を読んでいる青峰くんを中心に、辺りには海外のバスケ雑誌やバッシュが転がっている。広い屋上の一角であるはずなのに、まるで私室のように広範囲に散らかっていた。まさか自分でここまで散らかしたなんて、そんなことを思いながら落ちている雑誌を拾い上げて、何気なくページを捲る。バスケをしている人の間では有名人なのだろう、黒人の選手が奇抜な格好でシュートを決めている。しかし、海外の選手の知識までは持ち合わせていなかったため、いまいち分からなかった。乱雑に置かれていたせいでページの端が折れている。それを軽く直してから、青峰くんに声をかけた。


「けっこうたくさん雑誌あるね。これ、自分で持ってきたの?」

「そう。部室の俺のロッカーに溜まってた奴」

「…読み返すために?」

「全部捨てようと思ってよ」

「え、全部?」

「そーだけど」


雑誌から目を離さないまま、なんてことない風に呟く青峰くん。思わず目を見開いてしまった。暇さえあればバスケの雑誌を眺めているような青峰くんがそんなことを言い出すなんて、只事ではない。古い雑誌を捨てるのは普通のことだ。でも、この雑誌にはプレミアがついている、なんて嬉々として周りに見せていたときの無邪気な姿を思い出すと、なかなか信じられない。呆然と見つめていると、青峰くんがこちらに目を向ける。けれど、すぐに雑誌に視線を戻した。


「つまんねーんだよな」

「何が?」

「バスケ」

「やっぱり」

「…やっぱり?」

「…青峰くん、部活…辞めちゃうの?」

「あ?なんだそりゃ。辞めるつもりはねえよ」


捨てるものの中にバッシュが含まれていると思うと、嫌でも退部を考えているのではないかと想像してしまう。しかし、辞めるつもりはないと本人の口から聞けてよかった。ほっとしたのも束の間、青峰くんが突然立ち上がる。何かを思いついたのか、不敵な笑みを浮かべながこちらを見ていた。


「お前、今日部活サボったんだろ」

「そうだけど…青峰くんだってサボってるじゃん」

「俺はいいんだよ。赤司には黙っててやるから、ちょっと付き合え」

「え、どこに行くの?」

「焼却炉」


青峰くんは雑誌を一冊ずつ拾い上げて、それを小脇に抱えた。そして、最後にバッシュを手に取って校内に入っていってしまった。階段を下りて、昇降口まで来たところで青峰くんの足が止まる。急に立ち止まったものだから、背中に衝突してしまった。なんでいきなり立ち止まるの、なんて思いながら青峰くんの背中を睨みつける。振り返ってこちらに顔を向けたと思ったら、今度は持っていた雑誌を強引に押しつけてきた。これ持って先に焼却炉に行ってろ。その一言だけを残して、青峰くんは来た道を戻っていってしまった。状況が理解できないまま、雑誌を両手に立ち尽くす。ついてこいと言っておきながら、捨てる雑誌を押しつけて行き先も告げずにどこかに行ってしまうなんて、身勝手だ。やるせない思いをぶつける場所も見付からず、雑誌を持つ手に力を込める。それから、気持ちを振り切るように焼却炉に向かっていった。こんな勝手なことをされながらも言われた通りに行動してしまう自分が、情けなくて仕方ない。


**


青峰くんの私物なのに、どうして私が一人でまとめているのだろうか。しかも、雑誌をまとめるために必要なビニール紐とハサミをわざわざ美術室から借りてくるなんて、なんて気の利いたことをするんだろうと自画自賛する。こんなことをしたところで青峰くんが感謝の気持ちを示すことはないと分かっているからこそ、くだらない考えで自分をフォローしていないとやっていける気がしなかった。
月刊のものから週刊のものまで、名前も知らないバスケの雑誌を手に取る。こういうものはまだ一度も買ったことがない。さつきちゃんみたいにバスケの研究をしっかりするべきなんだろうか、そんなことを思いながら雑誌を重ねていく。一人で奮闘していると、ようやく青峰くんがやってきて、咄嗟に持っていたビニール紐を放り投げた。青峰くんの両手にはまた大量の雑誌があったからだ。青峰くんに詰め寄る。


「お、やってるやってる」

「青峰くん!何それ、まだあったの!?」

「部室にあった残りの雑誌と、教室のロッカーに入ってた奴」

「…こ、こんなにたくさん持ってきてたの…?」

「一年の頃から置きっぱの奴もあったわ」

「……」

「ふーん…ビニール紐もあるし、ハサミもあるじゃねえか」

「美術室から借りてきたんだよ」

「サンキュー。お前がやった方が早いと思うから頼むわ」


言うと思ったけれど、実際に言われてしまうとなんともいえない気持ちになる。でも、なんとなく青峰くんは自分の手でこれを処分したくないと思っているような気がした。それにしても、捨てるものの中に置いてあるバッシュが視界にちらついて仕方ない。これも焼却処分していいものなのか、一つの山の雑誌をビニール紐で縛ってから、横で雑誌に目を通している青峰くんに声をかけた。


「…ねえ、このバッシュも捨てるの?」

「ああ」

「うーん…」

「新しいの買ったからいいんだよ。ほら、よく見ろ。それ壊れてんだろ」

「…あ、ほんとだ」

「壊れたものずっと持ってるほど物持ちよくねえんだよ」


青峰くんの口調がいつも通りのもので少し安心した。でも、これを捨てると思うとさすがに躊躇ってしまう。バッシュは雑誌を片付けてから考えることにした。黙々と手を動かしながら、地面に向かって呟く。


「最近、バスケやってても楽しくなさそうだね」

「…そりゃ、つまんねーと思ってるからな」

「この間の練習試合のときも…なんか、すごくがっかりしてたし…」

「…いいんだよ、もうあんな思いすることはないんだからな」

「え?どうして?」

「考えてたけど、やっぱいくらやっても強い奴は出てこねえし、どいつもこいつも簡単に試合を捨てられるような奴ばっかなんだ」

「え…」

「最初からそう割り切ってれば、これから先、大丈夫だろ」

「……」

「あ、相手の弱さにがっかりすることはあるかもな」


はっと鼻で笑って、おかしそうに表情を歪める。本心とは異なっているのだろう、それでもなんてことないように振る舞う青峰くんに今、どんな言葉をかけていいのか全く分からなかった。「そんなことないよ」なんて当たり障りのない、下手をすれば適当にさえ聞こえてしまうようなことは、とても口に出す気になれない。きっと青峰くんが楽しめるバスケは、青峰くんの実力に相応するようなもので、私が考えている以上にレベルの高いものなのだ。それでも、今まで大切にしてきたものを手放すような、それでいてなんともないような顔をする青峰くんを見ていられる自信がなかった。顔を伏せて、青峰くんの代わりに雑誌をまとめていく。青峰くんが今までの自分に別れを告げているようで、少し怖かった。
青峰くんも私も、こんな思いをするのは後にも先にもこの一回きりでいいはずだ。





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蒼衣さん、リクエストありがとうございました
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