「すぐに枯らしちゃうの」


名前のがっかりした顔が目の裏に焼きついたような気がした。視線を落とせば少し小さめの鉢植えに入った観葉植物が目に映る。部室の隅の方に置いてあったはずの観葉植物はまるで元気がなくなったように下を向いていた。葉もかさついていて青さがない。もともとは、こういうものがあると癒しの効果があるから!と名前が半ば強引に置いていたものだったのだが、ちょっとした気候や湿度の変化でこんなにもあっさりと枯れてしまうものなのか、なんて冷静なことを考えながら緑間はそれを見ていた。手入れを怠っている風でもなかっただけに、緑間はなんと声をかけていいのか分からずに無言で眼鏡を押し上げる。


「あーあ、また枯れた」

「…よく枯らせてしまうな、お前は」

「そうだね、かなり枯らせてるかも」

「不思議なのだよ。そこまで適当な管理をしているようでもなかったと思うがな」

「そういうわけではないかも」


まるで最初からすぐに枯れてしまうことが分かっていたかのような口ぶりに緑間はやや納得のいかない表情を浮かべる。そんなことを気に留めることもなく、名前は気落ちした様子で持っていた観葉植物と共に部室から出ていってしまった。緑間はその姿を黙って目で追いながら自分のスポーツバッグと名前の鞄を持ってついていく。部室から出ていった名前は部室を出たすぐ傍にある花壇に鉢植えの中に入っていた土を混ぜていた。葉の部分はもうどこに混ざってしまったのか見た限りでは分からない。その作業は意外とすぐに終わり、子どものように両手を泥だらけにしたまま名前は振り返った。


「ちょっと前に、気になること言われたんだ」

「何を?」

「“名前に緑色は合わない”って」

「は?どういう意味だ?」


言葉の通り、意味が分からなくて緑間は訝しげに名前の顔を見るけれど向こうは緑間のことなんて一切見ていなくて、ポケットの中からタオルハンカチをつまみ上げて今度は水道の方へ歩いていってしまった。やれやれと息を吐いて、二つの鞄を両手に抱えたままついていく。それにしてもこいつの鞄はいつも重い。見た目はそこまで重そうではないのにどうしてこいつの鞄はこんなに重いんだ。そんなくだらないことを思いながら水道のところにいる名前に近付いていった。目で確認することなく緑間が近付いてきたことに気付いたのか名前はばしゃばしゃと勢いよく蛇口から出てくる水に手を当てながら話を続ける。


「あたしもいきなり言われたから何言ってんだろうって思ったよ。最初は」

「…ちなみに誰に言われたんだ?」

「占いが趣味の友達」

「バカらしい」

「…おは朝の占いを信じてる緑間くんには言われたくないかなあ」

「ふん、おは朝の占いとシロート同然の占いを同列に考えてほしくないのだよ」

「はいはい。なんかね、緑色のものを傍に置いておくとあたしがエネルギーを吸い取って駄目にしちゃうんだって」

「ほう…」


その言葉に緑間は思い当たることがあるのか、興味深そうに名前を見た。確かに名前の持ってきた観葉植物が枯れたのはこれで何回目だったか、正直なところ数え切れないほどだ。積極的にそういうものを持ってきてはいるけれど、二週間もったことがないかもしれない。当の本人はそのことを気にしているのかいないのかよく分からない表情でぼんやりと自分の手を見つめている。緑間は特に話を掘り下げることもしないで、向こうから新たに話題を振ってくるのを待っていた。けれど名前は何も言わない。手を洗い終えてからタオルハンカチで手を拭いている名前に緑間は持っていた鞄を突き出す。


「ほら、お前の鞄なのだよ」

「ありがとうなのだよ」

「俺の真似をするな」

「ありがと、しーんちゃんっ」

「気持ち悪いのだよ」


もう付き合いきれん。そう呟いて緑間は名前に背中を向けてさっさと歩き出す。そのすぐ後ろから待ってよーなんて情けない声を出しながら名前が追いかけてきた。歩幅の大きい緑間にようやく追いついたところで名前はおずおずと緑間を見上げる。


「…もしかして怒った?」

「…怒ってはいない。呆れただけだ」

「じゃあ、疲れた?」

「疲れた」

「え!?」


思いもよらない返事だったからか衝撃の表情を浮かべて絶句している。そんな名前の顔を見て、緑間はまた溜息を吐いた。そして、眉間にしわを寄せた神妙な面持ちで何を言おうか迷うように目の前を睨みつけている。やがて言いたいことがまとまったのか徐に口を開いた。


「…実際、お前には日々エネルギーを吸い取られているような気がするのだよ」

「…うん、やっぱりそうなのかも」

「…だが、それは別に悪いことではない。そもそも本当に嫌なら俺は最初から一緒になんていないしな」

「それって…」

「ついでに、お前に緑が合わないと思われるのはなんとなく不愉快だ」

「…み、緑間くん…」


吐き捨てるように言いたいことを言うと、名前はなんと返事をしていいのか分からなくなってしまい顔を赤くしてあわあわしている。けれど、それでもなお神妙な面持ちを崩さない緑間に名前はまたおずおずと声をかけた。動揺してはいるけれどその眼差しは真剣なものだった。


「あ、あのさ…こんなこと言うのもなんだけど、なんでそんな怖い顔したままなの?」


その問いかけに緑間はキッと名前を睨みつけた。


「俺が!お前のその妙ちくりんな考えを理解できてしまうことがなんとなく情けないのだよ!何が緑色のもののエネルギーを吸い取るだ!そんなわけの分からんことで今さら俺に罪悪感を持たれても意味が分からないのだよ!このバカめが!バカめが!バカ最上級めが!」

「えっ!?いひゃ、いひゃい!や、やめっ!」


さらに吐き出すようにほとんど息継ぎをする間もなく言いながら緑間は名前の両頬を思いきり引っ張った。もがく名前の頬を何回も引っ張って気が済んだのか緑間はふん!と言ってまた背中を向けて歩いていってしまう。嵐のような一瞬の出来事についていけず、名前はひりひりと痛む頬をさすりながらぽかんと緑間の背中を見つめた。「さっさと来い!」と少し離れたところから怒ったような大きい声で呼ばれて慌てて追いかける。ああ、分かってくれてたんだ。聞こえないくらいの小さい声で呟いた。緑間の隣に並んで、テープに巻かれた大きな手を奪うように握り締める。本当に子どもみたいでいつも振り回されるし疲れるのだよ、まんざらでもなさそうに言ったとき、緑がかりの髪の毛が風に揺れた。





(そもそも俺は観葉植物でも緑の物体でもないのだよ!お前は本物のバカなのか!)
(でも髪の毛も緑っぽいし名前にも緑って入ってるしさー気にしてたんだよ、これでも)
(ああ…ったく!くだらなさすぎて話にならん!)
(おまけに今日のラッキーアイテムが花の髪飾りとかさ…狙ってるよね、本当)





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