僕のことは好きにならない方がいいのかもしれない。何を言ったわけでもないのに、まるで助言をするかのような口振りで赤司くんは静かに呟いた。これは俗に言う、失恋という奴なんだろうか。たったこの一言だけで、今まで密かに抱いていた恋心を見失ってしまいそうになった。これまでテンポのいい会話をしていたはずなのに、返事に間が空いてしまって気まずい沈黙が流れる。深読みしない方がいいのかもしれない。第一、私はまだ赤司くんに告白なんてしていないのだから。衝撃的なことを言われたせいで、すっかり冷静な思考能力を失っている。しかし、自分が思っていることを微かながらに射ているようで、気が気でなかった。とはいえ、沈黙のままでいることにも危険を感じ、赤司くんに声をかけた。


「どういうこと?」

「別に大した意味はないよ」


優雅な笑みを湛えて、うっすらと微笑みかけられる。そんなことを不意打ちでされてしまい、急に恥ずかしくなってきてしまった。何をしても余裕のある雰囲気や、スマートな受け答えに心を打ち抜かれる女子は少なくない。友達の中でも、何人か赤司くんに特別な好意を抱いている人を知っている。けれど、赤司くんの周囲に女子が群がっているところは今まで一度たりとも見たことがない。同学年の黄瀬くんなんて、持ち前のポテンシャルから女子たちに囲まれているところをよく見かける。でも、赤司くんはそれとはまた違うのだ。もしかして、それ以前の問題だったのでは。嫌な考えが頭の中を駆け巡る。考えたこともなかったけれど、まさか彼女がいるのではないだろうか。だから、好意を寄せられたところで気持ちには応えられない。先程の言葉は、それを暗に意味していたのではないかと先のことまで考えてしまう。一気に血の気が引いていった。万が一、赤司くんと相思相愛の人がいたとしたら、とてもじゃないけれど間を割って入っていける気がしない。赤司くんは相変わらずの涼しい顔のまま、机に頬杖をついてこちらに視線を向けてきた。


「分かりやすい反応だな」

「え…何が?」

「好意を寄せている相手がいるんだろう」


相手は赤司くんなんだけどな。もしかして分かって言ってるの?いっそのこと、言ってしまいたかったけれど口に出すことは叶わなかった。とはいえ、否定するタイミングさえ逃してしまい、仕方なく不審に思われない程度に相槌を打つ。聞きたくないけれど、聞くしかない。赤司くんには、なかなか話しかけにくいのか、私ほど馴れ馴れしく話しかける女子はいない。何を思われていようと、赤司くんが会話をしてくれることを嬉しく感じていたはずなのに、今はとてもそんな呑気なことを考えている余裕はなかった。せめて、何か知りたい。気持ちに区切りがついてしまうかもしれないけれど、聞かずにはいられなかった。


「あの…聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「なんで赤司くんのこと、好きにならない方がいいの?」

「大した意味はないと言ったはずだが…そうだね…」


赤司くんが考えているようだった。返答をもったいぶっている様子でもない。大した意味はない、その言葉をそのまま受け取ってしまってもいいものか。やがて、考えがまとまったのか赤司くんがゆっくりと口を開いた。


「今は自分が相手の求めているものに応えられないからかな」

「あ、そっか…バスケ部って忙しいもんね…赤司くん、主将だし」

「できることなら、なるべく応えたいと思ってはいるよ。ただ…」

「ただ?」

「今は相手もいないからね、あまり真剣に考えたことがなかった」


体勢を変えないまま、どこか遠くを見るような眼差しで呟く赤司くん。どんな仕草に対しても心惹かれてしまうのは、きっと赤司くんのことが好きだからだ。とんでもない事実を聞かされずに済んで、安心した。これまで以上に衝撃的なことを言われてしまうのではないかと身構えていたから、拍子抜けしてしまう。その態度があからさまだったのか、赤司くんがふっと笑みをこぼした。


「前から思っていたが、随分と僕のことを知りたがるね」

「えっ!あ、こういうこと聞かれるのって嫌だった…?」

「いや。あまりされたことのない質問で新鮮だったよ」

「そっか、それならいいんだけど…」

「少なくとも、今の会話で名字が僕に関心があることは分かったかな」

「…どうして?」

「どうでもいい相手には、質問したりしないだろう」

「…そ、それはそうかもしれないけど…」


また面白い質問をしてくれるのを楽しみにしてるよ。その一言によって、言い訳を考える間もなく会話を終了されてしまった。僕のことは好きにならない方がいいのかもしれない、なんて向こうから言い出しておいて、なんだそれは。応えてあげられる、あげられないに関係なく、応えてあげたいと赤司くんに思われるだけで救われるだろうに。いや、もしかしたらこうでも言っておかないと数多の告白を断れないから、なんてそんな邪推に走っては、赤司くんがそんなことを考えるなんてありえないと心の中で現実と理想が押し問答を繰り広げる。赤司くんは私の心を奪ってばかりだ。そして、私も重症だ。この盲目的な感情は、とてもじゃないけれど自力では、消えない。消せない。





130313
田井中さん、リクエストありがとうございました
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