桃井に憧れている主人公





「私はテツくんのことが好きなの!」


さつきちゃんって、青峰くんと本当に仲良いよね。これといった深い意味も込められていない些細な一言が、さつきちゃんの心に火をつけてしまったようだ。そういう意味で言ったわけじゃないと必死に否定するけれど、ここまで真顔で力説されてしまっては埒があかない。何を言ったところで、火に油を注ぐだけだ。それからはひたすら相槌を打つことに徹した。黒子テツヤくん…だったか、黒子くんのことはさつきちゃんから話を聞いて知っている程度の関係で、本人とは面識がない。さつきちゃんから黒子くんの話を初めてされたときは、黒子くんはきっとあの有名なモデルの黄瀬くんと張り合えるほどのイケメンなんだろうな。容姿については何も説明されなかったにも関わらず、勝手にそんなようなことを思っていたような気がする。本人を見た瞬間、その想像は音を立てて崩れ落ちた。黒子くんは近寄りがたい雰囲気を全く感じさせない、言ってしまえば地味な分類に寄りかかっている、ごく普通の男子生徒だった。何はともあれ、さつきちゃんが何の理由もなく異性に対して好意を抱くこともないだろう。これまで、幾度となくされてきた告白を一刀両断してきたさつきちゃんの姿を見てきたから、それだけは断言できた。だから、今は二人の恋を陰ながら応援しているつもりだ。とにかく意外だった。ああいう人が好きだったんだ、なんて拍子抜けしてしまったような気がする。こんな考え事をしている間に、いかに青峰くんは純粋な幼馴染みであるかということを絶え間なく説明していたさつきちゃんの話が終わったようだ。


「…名前ちゃん、聞いてたよね!」

「あ、うん、聞いてたっていうか…それは言われなくても分かってるんだって!」

「もう、どうしてみんなしてそういうことばっかり言うんだろう…」

「それだけ仲良さそうに見えるんだよ」


そう言って笑うと、さつきちゃんは困り果てた表情を浮かべた。こんな風に恋愛沙汰に真剣に悩んで頭を抱えているさつきちゃんのことを、ときどき羨ましく思う。私には、さつきちゃんにとっての青峰くんのような気の置けない異性の幼馴染みなんていないし、黒子くんのような自分の心を揺さぶってくるような相手もいない。だから、さつきちゃんは自分が持っていないものをたくさん持っている。そんなことを思ってしまうのかもしれない。私にとって、さつきちゃんは色んな意味で理想の女の子だ。料理など、多少の苦手なことはあるだろうけれど、自然と可愛らしい振る舞いができることは女の子としては魅力的だろう。少なくとも私にとっては、だ。裏のない憧れを感じながら、さつきちゃんに笑いかけた。


「私ってそういうことあんまりないからな…何か楽しいことがあったらいいんだけど」

「うーん…私は、名前ちゃんに好きな人ができたら楽しいんだけどな」

「え!?」

「好きな人ができたらきっと楽しくなるよ」

「…そういうものなの?」

「うん。だけど、名前ちゃんは好きな人ができても教えてくれなさそうだな…」

「教えるも何もいないからね!」

「あはは、分かってるよ。できたら教えてね」


可愛らしい笑顔を浮かべて、力強く言われてしまった。そんな顔で念押しされてしまうと、はっきり嫌だと言えなくなってしまう。こんなのもはや脅迫だ。恋をすると変わる、なんてよく聞く言葉で今まであまり真剣に受け止めていなかったけれど、さつきちゃんの口から耳にすると、あながち外れてもいないのではないかと思ってしまった。妙な説得力があるのだ。それにしても、好きな人ができたら教えるなんて恥ずかしい。女子の間ではお決まりである恋愛話に自らの話を持ちかけるなんて、この上なく勇気ある行動だと思う。思えば、さつきちゃんも黒子くんのことを好きになってから少し変わった。それまではバスケについて研究熱心で、恋愛には特に関心を示すような女の子ではなかった。本当に黒子くんを好きになってから変わってしまったのだろうか。恋愛をしたとき、自分もこんな風になるのかと思うとなんだか妙な気持ちになる。さつきちゃんの探るような視線をひたすら交わしながら、言葉を濁して話を済ませた。


**


あ、黒子くんだ。
黒子くんを見かけると、すぐに反応してしまう。さつきちゃんから黒子くんのことを教えてもらった日から、ずっとこんな感じだ。積極的に見付けるつもりはないけれど、視界に入ると反射的に見付けてしまう。気になるのも無理はない。何より、あのさつきちゃんが好きになってしまうほどの人なのだ。輝く何かを持っているに違いない。ただの普通の男子生徒ではないに決まっている。とはいっても、向こうは私のことなんて全く知らないのだ。名前どころか顔さえ。全く知らない人物からの急なアプローチなんて、いくらなんでも警戒されかねない。けれど、向こうは自分のことを知らないと思うと当たり前のことであるはずなのに、なぜか不思議な気持ちになった。


**


視線を感じる。
同学年の人だろう。一度も話したことはないけれど、桃井さんと仲が良いのか一緒にいるところを見かけたことがある。この視線を感じ始めた頃は、何かしたのだろうかと思ってしまった。しかし、話したこともなく面識もなかったため、思い当たる事柄は何一つなかった。理由も分からないまま、あんな熱視線を送られることなんて今までなかったものだから、何より対処に困ってしまう。いっそのこと、気になるからあまり見ないでほしいと切り出すべきなのか。話したこともない男子に突然そんなことを言われたら、びっくりするだろう。ここは桃井さんを通して、話をした方がいいのかもしれない。いつからか見られていることに気付いていた、なんて言ってしまっていいのだろうか。


**


好きな人ってどうしても目で追っちゃうんだよね。さつきちゃんの声が頭の中で何度も繰り返される。そのとき、焦燥を悟られないことだけに必死になっていた。だって、もしもその言葉が本当だとしたら、私の今までの黒子くんに対する想いは何だったのか。結論から言うと、そういうことじゃないか。おかしい。だって、話したこともないのに好きになるはずがない。これは何かの錯覚だ。さつきちゃんが変なことばかり言うから、その影響を受けてしまっているだけなんだ。そもそも、黒子くんのことを好きになったかもしれないなんて、さつきちゃんになんて誰よりも言えるはずがない。昨日までは黒子くんのことなんてなんとも思わなかったはずなのに、今日もまた見かけるかもしれないと思うと、落ち着いていられる自信がなかった。変になりつつあるのであろう自分が怖い。こんなの、まるで自力では解けない魔法をかけられてしまったみたいだ。





130309
アクアさん、リクエストありがとうございました
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