あちらこちらからカメラのフラッシュが瞬く。それに慣れているのか、舞台上の人々はカメラに向かって笑顔を向けている。見ているだけなのに、こちらの目が眩んでしまいそうになった。ファッションショーの会場なんて初めて来たけれど、こんなに熱気のある場所だったなんて、意外な空気に少し戸惑ってしまう。けれど、舞台上に立っている黄瀬くんを見ると、そんな動揺もどこかへ行ってしまった。そこにいる黄瀬くんを見ていると、今更ながらに華やかな人なんだなと思ってしまう。舞台上の他のモデルと思しき人たちにも遜色ない存在感を放っていた。黄瀬くんが出演するファッションショーに特別に招待してもらえるなんて、思い返してみても一般人である私にとっては衝撃的なことだ。もちろん、関係者ほど近い場所で黄瀬くんを見ることはできなかったけれど、不満は何一つなかった。観客席から飛び交う黄色い声が、いつまでも静まらない。黄瀬くんは相変わらずライトに照らされていて、雑誌記者の人なのか、インタビューに答えている。爽やかな笑顔を絶やさない黄瀬くんの姿を見て、改めて自分と黄瀬くんの関係を疑ってしまった。台本でも用意していたのかと思ってしまうほど堂々とした態度で話している黄瀬くんは、いつも自分と話している黄瀬くんとは別人に思えた。それにしても、一体何を考えて私をここに招待してくれたんだろうか。思うところは色々あったけれど、普通に過ごしていてはなかなか見られない黄瀬くんの一面を垣間見ることができたのはいいことだ。そんなことを思いながら、観覧席から会場の雰囲気を楽しむようにファッションショーの時間を過ごした。
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せめて、メールで一言くらい送ってから帰ろうかな。会場を出て、人が散り散りになっていく中、鞄から携帯を取り出す。そのとき、ファッションショーの開演前にメールが届いていたことに気付いた。もしかして黄瀬くん?予想は的中して、どうやら終わってから会いたいから待っていてほしいという内容だった。とはいえ、この会場がある場所は決して近所ではなく、そこまで土地勘もなかったため、時間を潰せそうな場所なんて全く思いつかない。下手に移動すれば、道に迷ってしまうのではないだろうか。そんなことを考えていたら、携帯の画面が着信を知らせるものに切り替わる。やはり黄瀬くんだった。すぐに電話をとる。
「もしもし、黄瀬くん。お疲れ様」
<あ、ありがと…あのさ、もう帰っちゃった?>
「ううん、まだ会場を出たところのロビーにいるよ」
<…よかった>
なぜか小声だった。しかし、ほっとした様子が電話越しからでも分かってしまい、思わず笑ってしまう。一瞬にして私のよく知っている黄瀬くんに戻ったような気がした。一言二言ほど交わしてから、黄瀬くんの声がよく通っていることに気付く。今は騒がしくない場所にいるのだろうか、それがやけに気になってしまった。
「今どこにいるの?」
<控え室の方にある関係者専用のトイレ>
「なんでそんなところにいるの」
<…ショーが終わった直後に電話なんかしてるのがマネージャーさんに見付かったら、何かと思われるし>
「…まあ、そうだね」
<そうだ、メール見た?>
「うん、見たよ」
<学校帰りによく一緒に寄るカフェで待っててほしいんだけど…ダメ?>
「…いいよ。この辺のお店、よく分からなかったんだ」
<…ありがと。それじゃ、あとで!>
「うん」
向こうも時間が差し迫っていたのか、黄瀬くんは淡々と話を済ませると、すぐさま電話を切ってしまった。断るつもりは毛頭なかったけれど、それ以前に断れるような雰囲気ではなかった。そもそも、黄瀬くんはなんだかんだ言いながらモデルの仕事を大切にしている人だ。だから、こんな風に隠れて電話をしてくるなんて、きっと何かしらあったに違いない。とにかく先にカフェに行って、黄瀬くんが来るのを待っていよう。時間を気にしながら、一足先に会場を後にした。
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いつになったら来るんだろう。思っていたより遅い。もしかして、ファッションショーの打ち上げか何かが催されて、私のことなんて忘れてしまったのではないだろうか。ありえないことなのに、考えてしまった。こういうことに関して、黄瀬くんが連絡をしてくれなかったときはない。時計を見上げると、22時に差し掛かるところだった。あまり遅くなると親から何かを言われてしまうかもしれない。メールを送ろうか迷ってテーブルの上に置いていた携帯に手を伸ばしたとき、ふと自分の頭上に影が落ちた。ゆっくりと目線を上げると、申し訳なさそうな顔をしている黄瀬くんが立っている。
「…お待たせ」
「今、メールしようかと思っちゃった」
「うう…こんなに待たせてごめんなさい…」
「大丈夫だよ。だけど、そろそろ帰らないといけないから…出よっか」
そう言って立ち上がると、黄瀬くんは同意するように頷いた。
店を出てから、夜の静かな通りを並んで歩いていく。真横から視線を感じると思った瞬間、ふいに手をとられた。大きい手に自分の手がきつく握り締められる。僅かの沈黙が流れて、こちらから声をかけてみた。
「またファンの子に捕まってた?」
「…うん」
「黄瀬くんって本当に人気者なんだね」
「…うーん…」
似たような会話をこれまで何回かしたことがあったけれど、いつもまんざらでもなさそうな顔をしていたものだから、唸るなんて意外な反応だった。返事に迷っているのか眉をひそめていて、口数も自然と減っていってしまう。黄瀬くんの様子を窺いながら、もう一度だけ声をかけた。
「…別世界の人みたいだった」
「別世界って…どういう意味?」
「ファッションショーのとき、すごくかっこよかったんだけど…」
「…けど?」
「私の知らない黄瀬くんみたいだったな」
「…なんか、ものすごく寂しいこと言われたような気がする…」
納得できないと言いたげに口を尖らせる黄瀬くんを見て、言いかけた言葉を繋げた。
「あのね、モデルの黄瀬くんも見られてよかったよ」
「…え?」
「だって…今までそういう黄瀬くんは全然知らなかったんだもん」
「…」
「だから、また誘ってほしいな」
眩しいくらいにスポットライトの光を浴びて、色々なことに柔軟に対応している黄瀬くんはまるで別人だった。だからこそ、距離を感じたことも本当だし、これまで以上にその距離を埋めたいと思ったことも本当だ。黄瀬くんも何か思うところがあったのかもしれない。今のぎこちない態度の黄瀬くんを見ていれば、そうなのではないかと想像するのはさほど難しくなかった。これまで考えたこともなかったけれど、あれだけたくさんの人の目につく場所で華々しく活躍していながら、一瞬でも心細いと思うときがあるのだろうか。そんな状況に立たされた経験がないから、いまいち理解に苦しんでしまう。ただ、そうなんじゃないかと推測することができただけでも、大きな進展だった。黄瀬くんは少しだけ黙って、いつもの笑顔を浮かべる。
「…ん、また呼んじゃうかも」
「うん、楽しみにしてるね」
「今日、名前っち呼んで本当によかった」
「え…なんで?」
「…内緒」
「えー…」
「ほらほら、早く帰らないと!」
そう言って黄瀬くんは意地悪そうに笑った。手を引かれて、つられるように歩いていく。こんな私でも、少しくらいは黄瀬くんの心の拠り所になれているんだろうか。もしもそうだとしたら、すごく嬉しい。そうだといいな、なんて胸の中で思いながら、握った手に力を込めた。
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丙さん、リクエストありがとうございました