act.25










「怪我の回復も順調ですね。この調子だと来週中には退院ができるかもしれません」



主治医の検診を受けているとき、退院という言葉を投げかけられて純奈は顔を上げた。
カルテに目を落としたまま淡々とその経過を説明される。
しかし、その丁寧な説明は何一つとして純奈の耳に入ってこなかった。

本来ならば、喜ばしい退院の宣告であるはずなのに、なぜか全く喜ぶことができない。

それでも、すぐに自分の隣にいる母親の存在を思い出して表情を元に戻す。
主治医が優しく微笑みかけてくれたような気がして、思わず微笑み返してしまった。


ここで毎日を過ごしていると、今の生活がこのまま続いていくのではないか、なんていう錯覚に溺れてしまいそうになる。
入院なんて嫌なものだと今までずっと思っていたけれど、普通に生活をする毎日の方がよほど辛いということを入院してから改めて知ってしまった。
本当の自分の在るべき場所は、とんでもなく辛く寂しい場所なのだ。
ぬるま湯に浸かっているような毎日のあとに辛い現実を目にしたとき、一体どうなってしまうのか。
考えただけで身の毛がよだつ。



「状況にもよりますが…通院のリハビリが必要になるかもしれないので、その検査もしないといけません。これはそこまで急がなくても大丈夫ですね」

「…純奈、大丈夫?」

「え…あ…うん、大丈夫」

「今、足は痛みますか?」

「いえ、痛くはないです」

「そうですか。痛み止めも効いているみたいでよかったです」



不安そうな表情を見られてしまったのだろうか。
とにかく、お母さんにもこれ以上は心配をかけられない。
ただでさえいきなり学校の階段から落ちて、そして入院することになって心配をかけさせてしまっているというのに。
そもそも怪我が治って入院する必要がなくなれば、ここにいる理由なんてないのだ。


赤司先輩と黒子先輩のことを思い出す。
以前はそうでもなかったけれど、今はあの二人が少しは話を聞いてくれるかもしれない。

これだけでも状況が好転していると信じたかった。
言い聞かせるようにしつこいまでに考えていないと、本当に、本当に変になってしまう。
















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