赤司先輩が帰ってからしばらくすると、今度は春日さんが慌ただしく夕飯を運んできた。
いつまでも忙しそうだな、なんて思っているうちにテキパキした手付きで固定テーブルのようなものを用意して夕飯のトレイを置いてくれる。
全ての用意を仕上げると春日さんはほっと息を吐いた。
「大丈夫?お腹は空いてなかった?」
「はい…お腹はあんまり減らなくて」
「あんまり美味しくないかもしれないけど、しっかり食べてね」
心配そうな声で言われてしまい、頷いてしまう。
なるべく心配させないようにしなければと思った。
病院食なんてあまり見たことがないからどんなものが入ってるんだろう。
そんなことを思いながらトレイに置かれた食事を眺めているとカーテンを閉めていた春日さんが思い出したように呟いた。
「面会記録、確認してきたんだけど…やっぱり純奈ちゃんの今日以前の面会記録はまだ作ってなかったみたい」
「そうなんですか…あ、今日は面会に来てくれた学校の先輩がいたんですけど…」
「ああ、あの赤い髪のやけに落ち着いた雰囲気の子?」
「知ってるんですか?」
「私が受付したからね」
「…来てたの、その人じゃないですか?」
「…うーん…多分、違うと思う…」
確かに赤司先輩とのやりとりを思い出すと今日初めて来たというような感じがした。
でも、赤司先輩じゃなかったら誰なんだろう。
いつまでもそんなこと考えても仕方ないと自分に言い聞かせて病院食に手をつける。
最近はろくに食事も喉を通らなかったから不安だったけれど、抵抗なく口にすることができた。
塩分が薄いような気がすると思いながらも何も言わずに黙々と食べていく。
食事をしていると春日さんが何かを持ってきた。
目線を向けると片手には松葉杖、反対の手には折りたたみ式の車椅子を持っている。
「純奈ちゃんの主治医の先生に聞いたら外に出てもいいって言ってたから、持ってきちゃった」
「あ…ありがとうございます」
「でも一人で使えるかしら…」
「これ食べたら、ちょっと…練習してみます」
「うん」
それから夜が遅くなるまで春日さんが松葉杖や車椅子の使い方を教えてくれた。
春日さんは担当だからこういう風に接してくれているのだろうけれど、それだけでも十分だった。
こんなに明るい気持ちになれたのは久しぶりだ。
なんだか胸がいっぱいで苦しい。
確かに嬉しいはずなのに、こんなに突然手に入れた温かい時間はまた突然どこかへ消えてしまうんじゃないか。
純粋な嬉しさに入り混じった感情を、どうしても忘れることができなかった。
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