「…それじゃ、今日は仕事に行かないといけないから。何かあったら連絡してね」

「うん、分かった」



目を覚まして幾分か安心したのだろう、お母さんは病室から出ていった。

それと入れ違いのように最初に花瓶を持っていた看護師が入ってきて、途中だった身の回りの作業をまた始める。
話をしてみるとどうやらこの人が私の担当をしているようだ。
春日さんというらしい。
春日さんは入院中の食事やナースコール、入浴のことなど全く分からなかったことを丁寧に教えてくれた。

なんてことないやりとりなのかもしれないけれどこんな風に話せる人なんて今まで全然いなかったものだからありがたい。

嬉しくて楽しくて会話も途切れることなく続いた。
そうしていると春日さんが楽しそうに笑いながら自分の顔をじっと見ているのに気付く。



「なんですか?」

「ん?彼氏に連絡はしなくていいのかな、と思って」

「…いないですよ?」

「え!そうなの…たまに夜にこの辺りで見かける男の子がいたからてっきり…」

「どんな人ですか?」

「うーん…私もそこまでしっかり見たわけじゃないし、思い出せないな…声かけようかとは思ったんだけど」



誰なのか分からない。
心当たりがなかった。
お見舞いどころか面会に来てくれる人さえ、帝光の人たちの中では思いつかない。

大体みんな自分のことで忙しいはずだ。
私なんかに割く時間は一秒たりともないだろう。

一瞬だけ赤司先輩の顔が浮かんだけれど、すぐにその考えを打ち消す。
赤司先輩は忙しい人だからこんなバカなことをした(ということになっている)私に会いになんて来てくれないに決まっている。
それに今は気にしていないとはいえ、美里香が赤司先輩に言わなくていいことまで言ってしまっていたことを知ってしまったのだ。
顔を合わせずに済むのならば会わない方がいいのかもしれない。

苦々しい表情を浮かべてしまっていたのか、春日さんが明るい表情で話を繋げてくれた。



「純奈ちゃん、帝光中学校なのよね?」

「はい…」

「うん…あれは帝光の制服だったし間違いないわね」

「…誰なんだろう」

「面会に来てる人なら総合受付にある面会記録でも見れば分かるけど…まだ純奈ちゃんは面会できる状態じゃなかったからね」

「…」

「あとで確認だけでもしてあげようか」

「お、お願いします」



私が意識を失っている間にわざわざ病院に来ていた人のことが気になった。
その人の面会記録があるなら誰なのか教えてほしいと頼んだところで春日さんは病室の時計にちらりと目を向ける。
それと同時に、もう回診の時間だ!なんて焦りの混じった声を上げた。
近くに置いてあったカルテや医療器具を手にとって室内は一気に慌ただしい空気になる。

ベッドから動けない私は春日さんのあたふたしている様子を見つめていた。
大変そうだ、そう思いながら病室のドアに手をかけた春日さんの背中に声をかける。



「あの…!今日はありがとうございました…!」

「…今日は、じゃなくて今日から、でしょうが!」



そう言って笑いかけてくれる春日さんにとても助けられるような気がした。





















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