一日の授業が終わった。

掃除を任されて片付けていたら部活に行くのが思った以上に遅くなってしまい、廊下に出たときはもう誰もいなかった。
いつもなら誰かしら廊下を歩いているはずなのに気味が悪いほど静まり返っている。
それでも夕暮れに染まる廊下が幻想的に見えてしまい、思わず見とれてしまった。


今日は少しだけでも赤司先輩と話せてよかった。


そんなことを思いながら階段のところまでやってきた。
さっさと行こうと一段目を下りようとしたとき、急にひどい悪寒に襲われた。
さっきまでの緩やかな空気が一変する。



「…!?」



慌てて振り返るとそこには美里香が立っていた。

美里香はもうとっくに部活に行っていると思ったのに、どうしてこんなところにいるのか。
それよりも、こんなに静かだったのに美里香が近付いてきていたことにも気付かなかった。
口元にうっすらと微笑みを湛えているけれど目は少しも笑っていない。

すぐそばに階段があって、ここには他に誰もいない。

こんな表情をしている美里香に今の状況は危険すぎる。
それでも足が竦んで逃げられない。
純奈が何も言えないでいると、美里香が微笑みを崩さないまま口を開いた。



「…赤司先輩と、楽しそうに話してたわね」

「…!」

「昨日も純奈のこと、言ってた。心配だって」

「…」



昼休みのことを言っているのはすぐに分かった。
そのときも美里香が見ていたなんて気付かなかった。
なんてことない会話なのに二人の間にはピリピリと張り詰めた空気が流れている。
美里香が怒りを押し殺しながら話しているような気がして純奈は相槌を打つことさえできなかった。



「やっぱり赤司先輩のこと、まだ好きなの?」

「そ、そんなこと…今は…」

「赤司先輩、あんたのことなんか好きじゃないって言ってた」

「……」



唐突な発言に純奈が言葉を失っている。
美里香は表情を歪めてバカにするように笑った。
しばらくしてから、純奈がゆっくりと口を開く。



「…言ったの?…赤司先輩に…」

「ごめんねー。口が滑って…言っちゃった」

「…っ…」



まさか美里香が赤司先輩にそんなことまで話していたなんて。

謝る気持ちが全く感じられない謝罪を軽くされて、もはや怒る気力さえなくなってしまった。
私は赤司先輩がどうとかそういうことはもう一切考えていなかった。
今は毎日を過ごすことだけで本当に精一杯だったから。


それでも美里香の仕打ちが信じられなくて涙が溢れる。
そして、何も知らずに赤司先輩に接していた自分が堪らなく恥ずかしくなった。
もちろん赤司先輩も困っただろう。

美里香は純奈に目をやることもなく、どこか別の方向を向いたまま忌々しそうに呟いた。



「…まさか赤司先輩が純奈の心配するなんて…赤司先輩に何かしたんでしょ?泣き落とし?それとも体?」

「どういう意味なの…?」

「赤司先輩も男だからね…」

「美里香!お願いだから…赤司先輩のこと、そんな風に言うのはやめて…」



自分以上に赤司先輩を悪く言われることには堪えられない。
どう思っていたとはいえ、あれだけ親切に接してくれた赤司先輩のことを思い出すとこんなことを言われて黙っていられなかった。

その反応が気に障ったのか、美里香の顔から瞬時に微笑みが消える。
鋭い眼差しで睨みつけられた。






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