このところ、黄瀬先輩を目当てにバスケ部の見学に来るファンの女子たちがすごいことはあたしもよく知っている。
純奈の噂を聞きつけて、わざわざ練習場まで来て舌打ちをしたり悪態を吐いているのが遠くからでもよく分かった。
全員しばらくは何も言わずにいるけれど、最終的にその様子を見かねた赤司先輩が練習の邪魔をするなと追い払っている。
こんなことばかりだから最近は純奈をコート付近にいさせないように桃井先輩が裏方の雑務を任せていた。
もちろん大人数を抱える部の仕事を一人に任せることはできなくて、あたしも後から手伝っているけれど。
それにしても、今になって黄瀬先輩の口から純奈の名前を耳にするとは思いもしなかった。
背筋にぞわりと寒いものが走る。
次には無意識に口走っていた。
「…もう、あんまり純奈のこと…思い出したくないんです…」
できるだけ悲壮感を込めて呟くと、黄瀬はまずいことを言ってしまったとすぐさま空気を読んで口を閉じた。
美里香は落ち込んだように下を向いてしまい、それがますます黄瀬を動揺させる。
しかし、実際のその表情は決して落ち込んでいるようなものではなかった。
うつむく瞳には苛立ちや不快感の色が浮かんでいる。
せっかく朝から黄瀬先輩に会えていい気分に浸っていたのに、まさか黄瀬先輩の口から純奈の名前をまた聞いてしまうなんて。
まだ黄瀬先輩の頭の中に、あの純朴な純奈の面影が残っているのかと思うと苛立ちが治まらない。
それでもこんな思いを悟られるわけにはいかず、ぱっと顔を上げて黄瀬先輩に笑いかけた。
「…もう!黄瀬先輩に朝からちょっとテンション下げられちゃった」
「ご、ごめんなさい!そうっスよね、美里香ちゃんも色々されたわけだし…俺としたことが本当、申し訳ないっス」
「大丈夫です。それよりあたし、黄瀬先輩のモデルのお仕事の話が聞きたいです!何か面白い話してくれませんか?」
「もちろんいいっスよ!あんまり話しちゃいけないこともあるんスけど…美里香ちゃんには教えてあげるっスよ」
笑いかけると黄瀬先輩は安心したのか気を取り直して話を始めてくれた。
黄瀬先輩の話は聞いていて本当に楽しい。
女の子の対応に慣れているのか盛り上がる話を尽きることなくしてくれる。
あたしも結局、ファンの子たちと本質的には似たところがあって黄瀬先輩のうっとりするような顔に惚れ惚れしているのだ。
本当に、本当に楽しかった。
黄瀬先輩…純奈のこと、心配してるのかな。
でも、黄瀬先輩。
純奈があんな風になったのは、黄瀬先輩のせいでもあるのよ?
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