しばらくして、ようやく涙が止まってきた。
激しい鼓動を打っていた心臓もだんだんと落ち着いてきた。
赤司先輩の前で取り乱してしまうとは、少しだけ気まずくなるけれど今は赤司先輩に少しでも分かってもらえたことに対する喜びが大きい。

泣き止んできたのに気付くと赤司先輩はまた元の席に座った。
また腕を組んで何事もなかったかのような涼しい顔をしている。
本当に冷静な人なんだな、鼻をすすりながら赤司先輩の顔を見つめた。



「もう大丈夫そうだね」

「…ごめんなさい」

「…いいよ。それにしても突然そんな噂が一人歩きするようになるのは不思議だな」

「…私も、そう思います」

「…」



美里香について、心当たりがあることはあえて伝えなかった。
そもそも未だに自分でも美里香がどのようにこの噂に関わっているのか分からないのだ。
しかし、あの悪魔のような笑みを見せつけられてしまうと、ただ噂を聞いて面白がっているだけのようには思えなくなってしまう。


純奈は悶々と美里香のことを考えながら赤司の顔をちらりと見る。
赤司は腕を組んだまま目を閉じて何か考え事をしているようだった。

また静かな空気が流れる。
考え事をしている最中に横から声をかけることは気が引けたため、純奈も黙ったまま時間が過ぎるのを待った。
だんだんと沈黙に慣れてきたところで赤司はゆっくりと目を開けて同じ体勢のまま口を開く。



「これはどうする?」

「それは…」

「僕は辞めるのは止めないよ。純奈がどうしても退部したいというならここにサインをしよう」

「ま、待ってください」



赤司先輩も言ったけれど、噂は本当ではないのだから辞めることはない。
それにここでバスケ部を辞めてしまったら、噂は本当のことだったと認めてしまうことになるのでは…と頭をよぎった。
それでもあんな空気にしてしまうことがどうしようもなく辛い。
自分がいるだけで険悪な空気になっているような気がする。

昨日のようなことをこれからも言われるときがあるのかと思うと逃げたくて仕方なくて、葛藤が続いた。



「…辞めたく、ないです…。でも、昨日みたいなことがまたあると思うと…」

「昨日?」

「え?」



赤司先輩が不思議な反応をした。
どうやら、赤司先輩は昨日のことを知らないようだ。
そういえば昨日は先に帰ったと誰かが言っていたような気がする。
私はてっきり、緑間先輩はみんなに伝えた上で私に話をしてきたのだと思っていたから勘違いをしていたようだ。

知らなかったんだ、そう思いながら赤司先輩の顔を見る。

あまり細かく説明するとまた辛くなりそうだったから必要な部分だけを手短に話した。






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