「…純奈?」





混乱を起こしかけていた脳内が一瞬で覚める。
この声で名前を呼ばれるのは懐かしかった。
ゆっくりと顔を上げると、そこには赤司先輩が本を片手に立っていた。
赤司先輩はらしくもなく目を丸くして私を見ている。

今度は視界が揺らいだ。
立ちくらみそうな感覚に陥る。
早く用件だけ済ませないと、頭では分かっているのに声が出てこない。足も動かない。



「赤司くん…!?嘘でしょ…赤司くんに用事だったの?」

「…赤司くんもいい迷惑だよね…」

「大丈夫だよ、赤司くんだったら相手にしないって!あんな子…」



嫌な汗が止まらない。
何か言わないといけないのに…何か…。


そのとき、赤司先輩が自分の方に近付いてくるのに気付いた。
怒られる!と思い反射的に目を閉じる。

けれど、赤司先輩は何を言うわけでもなく私の手をとった。
手に触れられて反射的にびくりと肩が跳ね上がる。
目をきつく閉じているから赤司先輩がどんな表情をしているのか分からなかったけれど、一瞬だけ赤司先輩の手も躊躇したように思えた。
そのとき、赤司先輩が身を少しだけ屈めて顔を覗き込んできた。



「…顔色が悪い。僕に話があったんだろう?どこか人のいないところで話そうか」



赤司先輩はいつもと同じ淡々とした口調で私の手を引いて歩き出す。
どこへ連れていかれるのか。
不安になりながらも、足元の感覚がほとんどなくなっていて赤司先輩の歩調に合わせることで精一杯だった。

後ろの方から女子生徒たちの悲鳴が聞こえる。
もう耳を塞ぎたかった。
これ以上、ややこしいことにしないで。それだけを思った。
赤司先輩はそんな声に耳を傾ける素振りも見せずにただ廊下を進んでいく。


迷惑かけてごめんなさい。
こんな風にして嫌な思いをさせてごめんなさい。


純奈は心の中で何を考えているのか全く分からない赤司に何度も謝った。





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