「赤司先輩…か」



純奈は自分でも分かるほど死にそうな声で呟いた。
その右手には退部届けを握っている。

退部をするにしても、まずはバスケ部の部長である赤司の了承を得なければいけない。
まだ本人に会ってもいないのに手ががくがくと震えている。
今からこの調子では赤司を目の前にしたとき、一体どうなってしまうのだろうかと純奈は不安になった。
どうしても行かないといけないのか。やはりやめようかと思うけれど、昨日のことを思い出して今回こそは行くしかないと自分に言い聞かせた。


とにかく、今は人の多い場所をうろうろしたくない。
好奇の視線を浴びるだけということは分かりきっていたから。
人に会いたくないという一心で純奈は辺りを見回しながら人の少ない廊下を選んで赤司のクラスへ向かっていく。


純奈がこれまで昨日のように呼び出されたことは何度かあったけれど、そこに赤司が居合わせたことは一度もなかった。
顔を見て話をする価値さえないと思われているに違いない。
ただでさえ威圧感がある赤司にそんな風に思われているなんて、話さないといけないことさえ話せる気がしなかった。

これからするであろう赤司との会話を考えて、純奈は大きな溜息を吐いた。


…こんなことになっちゃって、きっと赤司先輩には相当嫌がられているだろうな…そんなに話したこともないのに。
ものすごく厳しい人だからどんなことを言われるか分からない。
緑間先輩より厳しい言葉を投げつけてくるだろう。
多分、泣いてしまうような気がした。

…本当に自分が悪いことをして人に悪口を言われるのは我慢できる。
でも…何が悪いのか分からないから、余計に堪えられない。



「…いない」



三年生の教室の廊下までやってきて、純奈はまたもや辺りを見回してから覗いたけれど赤司はいなかった。
せっかく人目を気にしながらここまで来たのにと泣きそうになる。

こんなところには長居したくない。
しかし、赤司に会わずには戻れない。
三年生の教室の並びなんてどこよりも来たくない場所なのに。そう思って純奈が下を向いた瞬間、どこからともなく声が飛び込んできた。



「あ、あの子…例の二年生の…」

「誰のこと待ってんだろ…もしかしてバスケ部の人…?」



はっと目を見開く。
視界には床と数人の足元しか見えない。
けれど、その声はとても近い場所で聞こえたような気がした。
周りの人たちに聞こえてしまうのではないかと思うほど心臓がうるさく鼓動を打つ。


怖くて仕方ない。

視線が怖くてどうしようもない。





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