「あの…」
「…?」
黒子と手土産を買ってから病院に引き返してきたときのことだった。
受付で面会の手続きを済ませてから純奈の病室に向かっている途中、後ろから誰かに声をかけられる。
振り返るとそこには看護師の姿があった。
正直なところ、あまり見覚えがない。
もしかしたら受付で顔を合わせたかもしれないという程度の曖昧な認識だった。
それでも、こんな風に病院の関係者に声をかけられるなんて今まで一度もなかったものだから、なんだろうかと思ってしまう。
立ち止まって看護師の方に体を向けた。
「僕のことでしょうか」
「うん。いきなり呼び止めてごめんなさい…あの、昨日も純奈ちゃんの面会に来てくれた人ですよね」
「そうですが…」
「…突然こんなことを頼むのもどうかと思うんですけど…よかったら純奈ちゃんのこと、外に連れていってあげてほしいんです」
おそらく、純奈の身近にいる看護師なのであろうことはこのやりとりから察することができた。
しかし、それにしても本当に突然の申し出だ。
拒否感や嫌悪感は全くなかったけれど、なぜこんなことを言い出すのだろうか。
何も返事をしないまま看護師の顔をじっと見つめていると、向こうも言葉が足りないことに気付いたのか話を続ける。
「あ…私、純奈ちゃんの担当の看護師なんです。純奈ちゃん、外出許可が主治医の先生から出て…」
「…そうなんですか」
「だけど、あんまり外に出たくなさそうで」
「…」
「私も何回か誘ってみたんですけど…無理はさせなくてもいいから、よかったら誘ってみるだけでもしてほしいんです」
「それなら、僕が言ったところで断られてしまうかもしれませんよ」
「それでもいいです。多分、あなたの方が純奈ちゃんも一緒にいて楽だと思うから…それに、気分転換にもなると思いますし」
よかったら声をかけてあげてください。
そこまで言うと、看護師は背中を向けてまた自分の業務に戻ってしまった。
一緒にいて楽。
その言葉に多少の違和感を覚えながら、純奈の病室のドアノブに手をかけた。
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