けれど、せっかくのチャンスをこのまま台無しにしてしまうのも忍びなくて、美里香は話題にできそうなことをあれこれ考える。
それでも、何を話せばいいのか思いつかなくて困っていると黄瀬が声をかけてきた。



「これからはもっとたくさん一緒に帰れるっスよ!ほら、同じバスケ部なんだし…」

「そう、なのかな…」

「それに、もっと美里香ちゃんと仲良くなりたいし!」

「ほ、本当ですか?」

「もちろん!」

「…」



力強く頷いた黄瀬先輩を見上げる。
嬉しさのあまり、さっきから何を言えばいいのか分からない。
今の自分がどんな顔をしているのか、それすら分からなくて変な顔になっていないかつい心配になってしまう。



「…嬉しい」



美里香の表情が柔らかくなる。
小さい声で呟いたから、本音を口にしていたことも気にならなかった。





出入り口の戸が見えてきたとき、美里香は何か思いついたかのように目を輝かせて、小走りで戸の方に向かっていく。
そして、黄瀬より先にドアノブに手をかけて、一人で先に外に出ていってしまった。
美里香の唐突な行動に頭が追いついていなかった黄瀬はどうしたんだろうと首を傾げて、少し遅れてから外に出ていく。



「え?あれ…美里香ちゃん?」



外に出たけれど、誰もいない。
辺りはただ静かな暗い闇に包まれている。
このまま美里香を放っていくわけにもいかず、黄瀬はきょろきょろと辺りを見回した。
しかし、人の気配さえ感じない。

どこに行ってしまったのかと足を踏み出した瞬間。



「わあっ!」

「えっ!?」



外に放置されていた大きめの備品の物陰から美里香が勢いよく飛び出してきた。
黄瀬を驚かせるためにわざわざ身を潜めていたのだろう。

予想外の場所から勢いよく飛び出してきたからか、黄瀬は大袈裟なほどに目を丸くした。
間抜けな声を上げてからじっと美里香を見つめる。
今度は美里香が意地悪そうな笑みを浮かべて、くすくすと笑い出した。
その様子を見て、呆然としていた黄瀬は脱力したように口元に小さな笑みを浮かべる。



「…やられたっス」

「さっき、黄瀬先輩はあたしのびっくりしたところ見たから…これでおあいこですよね」

「なるほど…それなら俺もまたお返ししちゃおっかなー…って、あ…美里香ちゃん、制服が汚れちゃってるじゃないっスか」

「え?あ、本当…」

「もう、そんなところに隠れてたからっスよ」

「…黄瀬先輩のびっくりしたところが見られたから、いいんです」



美里香は白いスカートについていた汚れを手で軽く払いながら呟いた。
その仕草を見つめて、黄瀬は意外そうな表情を浮かべる。

それは普段の美里香からは想像ができないような姿だった。
汚れが払えたところで美里香がふっと笑顔を浮かべて、帰りましょう!と明るく声をかける。
一部始終を見て、黄瀬はまいったと言わんばかりに口元に笑みを浮かべて、小さく呟いた。



「もー…なんか、調子狂っちゃうなぁ…」





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