黄瀬はいたずらな笑みを口元に浮かべながら美里香をじっと見ていた。
信じられない人物を目の前にしてしまい、美里香は声が出てこなくなってしまう。
そして、数秒ほど前に大きい声を上げてしまったことを呪った。
情けない姿を見せてしまったことが恥ずかしくて、火照る頬を必死に隠して黄瀬に問いかける。



「…」

「黄瀬先輩…なんで、こんな時間にまだいるんですか…?」

「…ちょっと残って練習してたから、あと洗濯してるところ見かけたから美里香ちゃんも残ってないかなーと思って」

「そうなんですか…」

「それにしても、美里香ちゃんもあんな風にびっくりするんスね…なんかいいもの見ちゃったなー」

「も、もう…声くらいかけてください!」

「後ろからびっくりさせようと思ってたから」



いつまでも楽しそうに意地の悪い笑みを浮かべている黄瀬を美里香は呆然とした目で見つめる。
たとえこの場で唐突に驚かされようと、黄瀬ならば怒りや不満を抱くことはないだろうと思った。
黄瀬が美里香の隣に並んで、いつものように笑いかける。



「ほら、一緒に帰ろ!」

「え?」

「もうこんなに暗いのに、女の子を一人で帰らせるわけにはいかないっスよ」

「…あ、ありがとうございます…」

「美里香ちゃんと二人で帰るのなんて…あんまりなかったよね?」

「そうですね…」

「やっぱり!朝は一緒に学校まで行ったことあるんスよね」



黄瀬はいつもと同じ調子で会話をしている。
なんとか平静を装いながら黄瀬の言葉に相槌を打っていく美里香。
けれど、その胸の内は決して穏やかなものではなかった。


黄瀬先輩と一緒に帰ることができるなんて、嬉しくてどうにかなってしまいそうだった。
だって、あの黄瀬先輩だ。
いつもはたくさんの女の子たちに囲まれていたり、モデルの仕事で慌ただしく帰ってしまったり、それをただ遠巻きに見ていることしかできなかったのに。
そうでないにしても、黒子先輩や青峰先輩が傍にいたりすることが多い。
だから、黄瀬先輩と二人きりで帰るなんてとても無理だと心のどこかで諦めていた。


さっきから痛いほどに心臓が鼓動を打っている。
嬉しさと動揺から、美里香はもごもごと口ごもりながら呟いた。



「…なんか、夢みたい」

「夢?」

「黄瀬先輩と一緒に帰れるなんて、本当に思ってなかったから…」

「美里香ちゃん…」



無意識のうちに本音が出ていて、うつむいた。


話したいことはたくさんあったはずなのに、いざ二人きりの状況になってしまうと何も言い出せなくなってしまう。
そもそも、こんな状況が自分に訪れるなんて信じられない。
他の女の子は肩の力を抜いて楽しそうに黄瀬先輩と話をしているというのに、あたしはいつもこんな感じだ。
もっと積極的に話しにいかないと黄瀬先輩の関心を得ることなんてできない。
そんなことは痛いほど分かっているのに、本人を目の前にしてしまうとなかなかうまくいかなかった。






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