「ごめんなさい…お菓子とかあんまり学校に持ってこないので、持ってないんです」

「え…!?そうなの〜?」



あたしも驚いてしまうほど意外そうな声を上げられた。
紫原先輩がここまで驚いているところは今まであまり見たことがなかったかもしれない。


…あたしがお菓子を持ってないことがそこまでおかしいことなの?


わけが分からなくて紫原先輩をじっと見てしまう。
そこですかさず隣にいた黄瀬先輩が口元に面白そうな笑みを浮かべながら間に入ってきた。



「練習にまで持ってきてるのなんて紫原っちくらいっスよ」

「ええ〜…そんなことないよ」

「なんでっスか?」

「だって、純奈ちんはたまに休憩中にこっそりお菓子くれてたもん」



純奈、その名前を耳にして美里香の表情が固まった。
美里香の異変に気付いたのか黄瀬は苦笑いを浮かべながら紫原に目を向ける。



「…そうだったんスか?」

「うん。だから美里香ちんも持ってるのかな〜って思ったけど、持ってないんだ〜…残念」

「とりあえず…ほとんどの子は持ってないと思ってもいいんじゃないっスかね…」

「…んん〜…分かった…」



黄瀬の言葉にがっくりと肩を落として紫原は二人から離れていった。
紫原がその場からいなくなって、黄瀬は美里香の顔を一瞥する。
純奈の話になってから口数が少なくなったことに気付いていた黄瀬は美里香に明るく声をかけた。



「気にすることないっスよ。紫原っちが全部食べちゃうのがいけないんスから」

「え?な、何も気にしてないです!」

「またそんなこと言って…気にしてるって顔に書いてあったっスよ!」



黄瀬の笑顔に美里香は思わずうつむく。
その表情は少し寂しげだったけれど、心中はそれとは全くかけ離れたものだった。


…黄瀬先輩は、あたしが純奈のことを話したからあたしの前ではなるべく純奈のことを話さないようにしてくれてる。
それなのに、さっきの紫原先輩は何なの?
どういうつもりであんなこと言ったの?
純奈が持っててあたしが持ってないことがそんなに変なの?


紫原先輩はもはやあたしのことを挑発していたのではないかとさえ疑ってしまった。
それでも黄瀬先輩にこんな考えを悟られるわけにもいかなくて、笑顔を見せる。



「本当に大丈夫です!あたしだって、いつまでもうだうだ嫌なことばっかり考えてないですよ」

「…はいはい」



いつまでも気にしていないと言い張る美里香にとうとう折れたのか黄瀬は困ったような笑みを浮かべる。
そして、美里香の頭をぽんぽんと軽く叩いて、あんまり無理しちゃダメっスよ!と言い残して練習に戻っていった。

爽やかな笑顔を向けてくれて、たった今まで腹の中で込み上がりそうになっていた不快感が落ち着いていく。
美里香はぼんやりと去っていく黄瀬の背中を見つめていた。
あんなに優しくて明るくて綺麗でカッコいい先輩、他にいない…ただただそんなことを思ってしまう。











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