それから、赤司先輩は帰っていった。
外はもう大分暗くなっている。
今日は昨日以上に長い時間ここに引き止めてしまった。

赤司先輩は真剣にバスケ部のことを考えているから、こんなマネージャーなんて裏方の仕事をしている私にも律儀に接してくれているのだ。
赤司先輩が部長で本当によかった。





ふともらったドーナツの箱が視界に入り込む。
思えば、これも私が好きな店のものだ。
あの店のドーナツは美味しいなんて桃井先輩と話していたことを思い出してしまった。
急に楽しかった思い出が頭の中に蘇ってきて、涙が溢れそうになる。


…あの頃には戻れないのかな。


そう思った瞬間、病室の戸の開く音が聞こえてきた。
そういえばもう夕食の時間だと気付いた純奈は慌てて手の甲で浮かんでいた涙を拭う。
思った通り、病室にやってきたのは春日さんだった。



「純奈ちゃん。夕飯、持ってきたんだけど…」

「春日さん…」

「…なんか…甘い匂いがする。どうしたの?」

「ええと…先輩から、これ…もらったんです」

「あ!そのドーナツ知ってる…」



いいな、なんて言いながら春日さんは昨日のように夕食の用意をしてくれた。
赤司先輩からもらったドーナツはそこそこ量がある。
食べるにしても先に夕飯を食べないといけないと思い、ドーナツの箱は春日さんに預けた。

昨日とはまた違った病院食だ。
二日目だからまだ珍しいと思ってしまい、眺めながら手をつけていく。
ドーナツの箱を手に持った春日さんが病室に置いてある簡易冷蔵庫の前で声をかけてきた。



「もらったドーナツ、この冷蔵庫に入れておこうか。食べたいときに言ってくれたらレンジで温めてきてあげるから」

「…春日さん」

「ん?」

「あの…」

「どうしたの?」

「一緒にドーナツ、食べてくれませんか?その…一人だと、食べきれないかもしれないから…」

「…」



一緒に食べてほしいと思ったのは、食べきれないことが本当の理由ではないことは自分が一番よく分かっている。
それを一人で食べていたら思わず泣いてしまいそうな気がしたから、一人で食べたくなかった。
断られたらどうしようと思っていると春日さんがこそこそと耳打ちをしてくる。



「患者さんがもらったもの、看護師はもらったらいけないことになってるの」

「…」

「…だけど、食べたいから…帰る前にまた来るから、こっそりもらってもいい?」

「…は、はい」

「ありがとう。そのドーナツ、大好きなの」



断られると思ったからほっとしてしまった。
春日さんが笑顔を見せてくれて、つられて自分も微笑んでしまう。

自分は赤司先輩だけではなく、春日さんにもこんなにも助けられているんだと痛いほど思った。
もしかしたら私の何かに気付いてそう言ってくれたのかもしれない。
それでも、嬉しかった。


これまでの間に忘れかけていた人の優しさに、こんなことになってしまってからようやく理解できたような気がする。

優しさなんて、当たり前のようにあるものだと思っていたから。





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