「今日は何を読んだんだ」
「まだ産まれていない卵を気にかけるな、という言葉です」
「ドイツの格言だな。アンドロイドのお前にはあまり縁のない言葉かもしれない」
「あなたの言葉を理解するのに役立つ可能性もあります。知識は増やすに越したことはありません。」

銀杏が舞い散る並木道。肩にまとわりついた葉っぱを払って私は読んでいた本を持っていた紙袋に戻した。
中にあるのは旧式の本で紙媒体の古風な代物である。今の時代でこの形態の本をわざわざ閲覧しに来る人も少なくなっているだろう。

「はぁ……絵の資料を借りに寄ったはいいが君がまさか本に興味があるとはね。君ならインターネットで検索すれば容易いものを」
「あなたこそ。本ならデバイスで購入できるというのに」
「こういうものは一度読めば十分なんだ。描くものの歴史的背景を理解するのに必要なものだがそう何度も根気よく読めるものでもない。絵なら買うがな」
「絵もインターネット上で見ることができますが」
「絵は実物が何者にも勝る
その人の筆遣い、価値観、呼吸やクセ、伝えたい言葉……様々なことがわかる」

いとおしそうに目を細めるヨハン。
彼は本当に絵を愛している。
愛している者にしか見えない景色がそこにはあるのだろうか。

「果たして私にもわかるのでしょうか」

ふ、と隣をあるくヨハンが立ち止まったかと思うとこちらをじっと見つめる。
「なにか?」
「いや……」

くしゃ、と笑う彼の気持ちはよくわからないがたまにこうして笑う彼はとても機嫌がよく見える。
得意のフレンチトーストが好みの柔らかさで焼き上がったときの彼の笑顔に似ている、と思った。

「いつか絵でも一緒に見に行くか」

彼は二度私の背を叩いたがこれはなんの仕草なんだろう
肩に回った腕が辛くないように私は少し左肩を下げて歩いた。


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