「ああ、またやられた」
菓子を片手に膝を立てて鑑賞していたヨハンはさも先の展開を予想していたかような声を上げる
自宅に備え付けられた大型の壁掛けの液晶には悲痛な叫びをあげ、登場人物が倒れるシーンが映し出されている。
この古めかしい映像のホラー映画は動画配信サイトに残っておらず、友人の伝手を借りこれまた懐かしいアナログなビデオデッキから流れておりヨハンいわくより古風な再生手段が味があっていいとのことだ。
名作で子供の頃から何度も観ていたはずなのに何故かオチを忘れてしまうんだよな、というのは彼の言葉だ。

「映画の中でもホラー映画ほど難しいものはないです」
「シンプルだろうが。化け物が出て、人が逃げ惑う」
「人は『恐怖』と呼ばれる感情を嫌悪するものと理解しました。しかしこれはあえて『恐怖』に陥ろうとする映像物と認識しますが」
「ファンタジーがすきなのさ。世の中が退屈だと感じてる」
「退屈、ですか。アンドロイドに退屈はありません。常に優先順位に則し行動しています。もっとも今、私の優先事項はあなたの映画鑑賞に同席するといったものですが…これは人間独特の感性でしょうか」
「つまるところこれは、人々の『現実逃避』さ。つまらん日常や厄介事からの、な」

画面には仲間の亡骸を抱いて俯く主人公が映し出される。
人生には物語の中でさえ悲劇や絶望を味わうことが含まれるようだ。
こうしたものを見て、他者と比べ自分の人生は恵まれている。と確認したいのだろうか。
まだ筋は通るが、前向きなのか後ろ向きなのか。
全ては創作に過ぎない。

外が暗くなるとなにもやる気を失せてしまう主の秋の暇潰しは主にホラー映画である。趣味でもなんでもないがこの時間は私を付き合わせて小一時間映画鑑賞にふけることが多い。
何を思ってかソファーに体を預けて私を隣に座らせる。理由はさっぱりわからないが彼にとってよい息抜きになっているらしいので黙ってそうしている。
彼は私になにかを求めるでもなくただ時間の経過と物語の進み具合を共有するだけ。人間は共有することが好きな生き物のようだ。

「あなたにとってはこの娯楽は『どちら』なのですか?好き、もしくは現実逃避ですか」
「さぁ、どうだろう?」

質問を質問で返さないでほしい。
いつだって彼からまともな返事は期待できない。


prev next
back








×
- ナノ -