閑静な住宅街。
夕闇が迫る郊外を窓越しに観察する。
今日も屋敷に訪れる人はいない。
この屋敷は私の主ヨハンの父上が成人した彼の誕生日に買い与えたものだ。

家業を継がないと告げた後、家族との交流を避けるために家を出るに際しやむ無く父が渡した手切れ金のようなものだ、と本人は言っている。
好きだった絵画の仕事が軌道にのりヨハンの生み出す絵は最近のセレブの流行りであるらしい。

「ハムザ、お前は美しい。もっと顔を見せてくれ」

窓から外を眺めていた私にヨハンが手招きをする。彼の座るしなやかな安楽椅子がきいきいと音を鳴らした。

「あなたは突飛なことを言いますねヨハン」
「君とは短くない付き合いじゃないかハムザ。私がどういう人間かわかっているはずだ」
「そうですね。あなたは人間でいうところの「変人」でした」

私がヨハンの家の所有になって12年がたつ。彼はルーカス家にいた頃から飄々としてどこか掴み所のない人物で、あのとき私は彼がルーカスの家を継ぐものだとばかり思っていたしまさか私をこの家にまで連れてくるとは思わなかった。

彼の座る椅子の前に屈むと私の顔を包むように触れる手。小さな我が子に触れるような仕草で元より彼より背の高い私にするにはアンバランスのように感じられたが、本人はいたって機嫌がよいようなのでなすがままになる。

「あなたが私の造形を誉めるのは何故ですか?」
「美しいものは称賛にあたるからだ。なにより見ていて楽しい」
「そうですか」

人間にとってこの行為と時間は無為ではないらしい。すきにさせていると一通り満足したようなヨハンは立ち直って絵筆とキャンバスを手にとりイーゼルを立てる。

「あなたはときに美術家というより哲学者のようなことを言う」
「どちらも同じことさ」

表現者であることには、と彼は薄い唇を真横に引き伸ばして笑った。 



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