私はいつしかヨハンと行った美術館にいた。
自宅の階段で躓いて捻挫したヨハンに代わって注文した物販を受け取りに来たのだが、どうにも以前来たとき以上に視線が刺さる。

「アンドロイドが芸術鑑賞っていうのが気にくわないのさ。ああいうのは無視するに限る、知能の低い話さ。
美意識は自分達の特別の権限だと思い込んでいる」

いつのまにか隣にいた彫りの深い男性が苛つく様子を隠そうともせずそういった。ニットの帽子に肩のないダウンジャケット。どこかで見たような気がする。

「…しかし当たっています。私には感情がありません。」
「ああ君は返事ができるのか。ずいぶん教育されている」

視線があった瞬間、私にはその姿に疑念がよぎった。疑念、人間的な表現だがつまりは視覚情報の混乱である。

「……マーカス様?」
「驚いた。……以前の顔見知りに呼ばれるには随分久しい気がする。」

ヨハンの師、カール様のアンドロイド。かつて得た情報によれば彼は変異体となり処分されたとの筈で
しかし変わりないどころかどこか冴えざえとした顔で落ち着き払っている。

「いったいなぜあなたが……そのお姿は」
「ここで議論することは出来ない。ここには決意の表明で来たが、こう昔を知る者に会うのは…中々に堪える」

彼の手のなかに握られたチラシをみとる
…………そうかここの展覧会の見出しは
カール様の亡き後、彼の息子が出した未発表の作品の数々が売り払われているのだ。表向きは哀悼や敬意とファンへの感謝を綴っているが中身はもっと知れたものではない、と主は言っていた。

「悲しまれます。あなたの今の状態を知れば……」
「父はアンドロイドでなかったのが幸いだったな。私はあの日からずっと……内に棲む怒りと憎しみを宿し続けている」
「自己破壊に至ります。今あなたに主はいないのですか?あなたはずっと……」

幸福だったのではないですかと言おうとして、わたしはハッとした。なにが幸福だと。
出過ぎた言葉だ。
私は彼と同じアンドロイドなのに。

「許せ、同胞よ。わたしの主はわたし、わたし一人なのだ。やっとわたしは父と同じくなった」

もはや振り向くこともしない。
彼はどこへ向かうというのだろう。
人でもアンドロイドでもないもの
誰も通ったことのない道を歩いて

「違う、……あなたは」
その先は言葉にならない。遠ざかっていく後ろ姿を見つめて、言葉を飲み込んだ
それは自分の未来の姿にもなりえたから。口にすることも出来なかった。
人間でもアンドロイドでもないもの、

彼は怪物に成り果てたのだ


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