「貴方は何故絵が好きなのですか」
「…何故会社を継がなかったのか、ではなく?」
「ええ」
「そう聞いたのは君くらいだ」

所帯なさげにカップのミルクをかき回す彼の仕草はどこか言葉を選びながら迷っているようにも見える
創作の意欲が削がれ、不貞腐れたように肩を落とす主人にハムザは失敗しただろうか、と先ほどの言葉を反省する
集中が削がれた彼は絵筆を置いて小休憩するらしい
人間は大きな負担を回避する気持ちがあると学んでいたが、彼の創作は所謂「産みの苦しみ」を味わうものらしく、満足のいくものができるまでの工程は苦悩の連続と言える。しかし1から生み出すことのできるのはアンドロイドにはできない。生き物である人間だけだ。それを苦しみながらも生み出すことを喜べるのも人間にのみ許されているとも言える。

自分の背景について話すのを躊躇うことの多いこの主人は個人的な友人は多くない
自分のもつ時間やエネルギーは専ら創作活動に注がれている。
「完全性こそ究極の到達点なのだろう。しかし私の絵には命がない。
ならばやはり私のしていることは不完全な美の追求に過ぎない」
「命を作る真似事ですか」
「冷たい言葉だ…と言いたいところだが概ねそのようなものと捉えられるだろう」

「命は素晴らしい。社会学者も科学者も宇宙飛行士も気づいている。芸術家もさ
だから自分の無力さを改めて思い知るね。…本物には何一つ叶わない」
その言葉は一見彼の創作活動を否定しているかのように思えたが彼の顔色には不満も虚偽も見受けられない
公然の事実として受け入れていることなのだろう。
「不完全は不必要、と?」
「そうでもない」

「私が絵を描くのは…そう。不器用な人間のことが、結局好きなのだろう。
足掻いて、時に愚かな選択をし…それでも生きていく。悠久の時間の刹那の輝き…
不完全な世界のことが、割と嫌いではないからなのさ」
アンドロイドは欠陥があってはいけない。主人の不利益になってはいけない
当たり前のことだ。壊れた機械は捨てるだけ。役に立たなければ挿げ替えられる。価値はない。
それでも主人は、それすらも楽しんでいるようだ。

不完全さを愛す
やはり人間は不可解な生き物だ


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