「お前は美しい」
「そのように作られています」
「そうあって欲しいと願っているからだ」
「誰が?」
「人が。美しい方が好きだからだ」

リビングに行けばトレーに乗せられたティーセットを待つヨハンがいる。
あらかじめ用意しておいたカップから温めたお湯を捨てて蓋を落とす。
蒸らした紅茶は赤い水色、花の香り。彼の好きなフレーバーだ。
創作活動に一息つくと必ず彼は一杯の紅茶を求める。
人の感受性は未だに複雑怪奇だ。

「あなたの方が美しいと思いますが」
「…そういうことは言えるのか」

彼は今年で確か29になる。成人男性にしては結婚適齢期とも言えなくもないが彼に妻帯する意思はないらしい。何度もパーティで女性にたくさん挨拶をされているのも見る限りでは女性の好意を得ない訳ではないようだがどれもこれも発展した様子はない。
少なくともそうした女性たちがこの屋敷に足を踏み入れたことは一度もない。

「美的感覚には個人差があります。標準的に見てやや細めな体躯ですが、人間の好む人体のパーツのサイズやバランス、左右の対称値どれを鑑みてもあなたは好感度の高い個体のはずです。」
「色気もないが嬉しいね」

紅茶のカップを置くと彼はふーっと息を吐いた。また二階に上がり、絵の制作に励む。
こうなると夜まで顔を見せなくなる。今日の夕飯はハーブティーとサンドイッチになるだろう。
ふと、階段の手すりに手をかけながら思いついたように彼は振り向く。

「いつか君が恋に浮かれるような姿を見てみたいね」

「心が動くというのは人間の考えです。優しい、意地が悪いなどの印象は人間の感情がなせる印象に過ぎません。」
「君の本心ではないと?」
「目の前に転ぶ老婆がいて私が助けたら私は優しいアンドロイドなのでしょうか?
私はあなたでも同じことをしたでしょう。さらに言えば上位の命令があるのみです。
私は知らぬ女性とあなたが車に轢かれかけたとします。生存率に関わりなく間違いなくあなたを助けるでしょう。
プログラムとはそういうものです。PCがメールを頻繁に行っていたら急に意思を持ち始めるなんてことは今までないでしょう。私は学習能力を持つだけの機械なのです。」

「…わからないよ?何世紀かまではアンドロイドなんて夢のまた夢だったのだから。
僕がおじいちゃんになった頃には君にも感情がうまれるかもしれない」
「ではあなたはルンバに抱きしめられて嬉しいですか」

ふ、と声を漏らす彼はどうやらこの押し問答を諦めたようだった。
この街でアンドロイドに好意的な人間は少数派だ。過剰に扱うにでもなく杜撰に扱うのでも無く、こんな風に「普通」に接していられるのは彼だからだ。
だから私はこの方にいつまでも仕えられるなら、他のアンドロイドたちのようにこの世を憎まなくてすむのだ。
機械で、いられるのだ

「君は屁理屈だな」
「アンドロイドですから」



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