The founder of orphan U
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
六本の恐ろしく長い、毛むくじゃらの脚に、
黒光りする一対の鋏の怪物に、どのぐらいの間挟まれていたのだろうか。
真っ暗闇な闇が突然薄明るくなり、地面を覆う木の葉の上に、クモがうじゃうじゃいるのが見えた。
首をひねって見ると、だだっ広い窪地の縁に辿り着いたのが見える。
木を切りはらった窪地の中を星明かりが照らしだし、
ハリーがこれまでに目にしたことがない、世にも恐ろしい光景が飛び込んできた。
蜘蛛だ。
木の葉の上にうじゃうじゃしている細かいクモとはモノが違う。
馬車馬のような、八つ目の、黒々とした、毛むくじゃらの、巨大な蜘蛛が数匹。
ハリーを運んできたその巨大蜘蛛の見本のようなのが、
窪地のど真ん中にある靄のようなドーム型の蜘蛛の巣に向かって、急な傾斜を滑り降りた。
仲間の巨大蜘蛛が、獲物を見て興奮し、鋏をガチャつかせながら、その周りに集結した。
巨大蜘蛛が鋏を放し、ハリーは四つん這いになって地面に落ちた。
ロンもサクヤもファングも隣にドサッと落ちてきた。
ファングはもう鳴くことさえできず、黙ってその場にすくみあがっていた。
ロンはハリーの気持ちをそっくり顔で表現していた。
声にならない悲鳴を上げ、口が大きく叫びの声の形に開いている。目は飛び出していた。
がたがたと震え、サクヤにしがみついていた。
さすがのサクヤも、冷や汗を大量にかいて、青ざめていた。
ふと気がつくと、ハリーを捕まえていた蜘蛛が何か話している。
一言しゃべるたびに鋏をガチャガチャいわせるので、話しているということにさえ、なかなか気付かなかった。
「アラゴグ!」
と呼んでいる。
「アラゴグ!」
靄のようなクモの巣のドームの真ん中から、小型の象ほどもある蜘蛛がゆらりと現れた。
胴体と脚を覆う黒い毛に白いものが混じり、鋏のついた醜い頭に、八つの白濁した目があった。―盲ている。
「なんの用だ?」
鋏を激しく鳴らしながら、盲目の蜘蛛が言った。
「人間です」
ハリーを捕まえた巨大蜘蛛が答えた。
「ハグリッドか?」
アラゴグが近づいてきた。
八つの濁った目が虚ろに動いている。
「知らない人間です」
ロンを運んだ蜘蛛が、カシャカシャ言った。
「殺せ」
アラゴグはイライラと鋏を鳴らした。
「眠っていたのに…」
「オレたち、ハグリッドの友達なんだ!」
サクヤが叫んだ。
カシャッカシャッカシャッ―窪地の中の巨大蜘蛛の鋏がいっせいに鳴った。
アラゴグが立ち止まった。
「ハグリッドは一度もこの窪地に人をよこした事は無い」
ゆっくりとアラゴグが言った。
「ハグリッドが大変なんです」
息を切らしながらハリーが言った。
心臓が胸から飛びあがって、喉元で脈を打っているようだった。
「それで、僕たちが来たんです」
「学校の皆が、ハグリッドがけしかけて何物かに学生を襲わせたと思っているんです。
ハグリッドを逮捕して、アズカバンに送りました。
だからハグリッドは来られなくて、オレたちが来たんです」
サクヤが続いて言った。
「しかし、それは昔の話だ」
アラゴグは苛立った。
「何年も何年も前のことだ。よく覚えている。
それでハグリッドは退学させられた。
みんながわしのことを、いわゆる『秘密の部屋』に住む怪物だと信じ込んだ。
ハグリッドが『部屋』を開けて、わしを自由にしたのだと考えた」
「それじゃ、あなたは…あなたが『秘密の部屋』から出てきたのではないのですか?」
ハリーは額に冷や汗が流れるのが分かった。
「わしが!」
アラゴグは怒りで鋏を打ち鳴らした。
「わしはこの城で生まれたのではない。
遠いところからやってきた。
まだ卵だった時に、旅人がわしをハグリッドに与えた。
ハグリッドはまだ少年だったが、わしの面倒を見てくれた。
城の物置に隠し、食事の残りものを集めて食べさせてくれた。
ハグリッドはわしの親友だ。いいやつだ。
わしが見つかってしまい、女の子を殺した罪を着せられた時、ハグリッドはわしを護ってくれた。
そのとき以来、わしはこの森に住み続けた。
ハグリッドは今でも時々訪ねてきてくれる。
妻も探してきてくれた。モザクを。
見ろ。わしらの家族はこんなに大きくなった。
みんなハグリッドのおかげだ…」
ハリーはありったけの勇気を絞り出した。
「それじゃ、一度も―誰も襲ったことはないのですか?」
「一度もない」
年老いた蜘蛛はしわがれ声を出した。
「襲うのはわしの本能だ。
しかし、ハグリッドの名誉のために、わしは決して人間を傷つけはしなかった。
殺された女の子の死体は、トイレで発見された。
わしは自分の育った物置の中以外、城のほかの場所はどこも見たことがない。
わしらの仲間は、暗くて静かなところを好む…」
「なら…いったい何が女の子を殺したんだ…?
何者であれ、そいつがまた出てきて、オレの親友をはじめ、また次々と生徒を襲ってるんだ」
サクヤがアラゴグに問うた。
「城に住むその物は」
アラゴグが答えた。
「わしら蜘蛛の仲間が何よりも恐れる、太古の生物だ。
その怪物が、城の中を動き回っている気配を感じた時、
わしを外に出してくれと、ハグリッドにどんなに必死で頼んだか、よく覚えている」
「………」
「いったいその生物は?」
サクヤが思慮していると、ハリーが代わりに尋ねた。
大きなカシャカシャとザワザワが湧いた。
蜘蛛がハリー達の周りを取り囲んで詰め寄ってきている。
「わしらはその生物の話をしない!」
アラゴグが激しく言った。
「わしらはその名前さえ口にしない!
ハグリッドに何度も聞かれたが、わしはその恐ろしい生物の名を、決してハグリッドに教えはしなかった」
「(まるで、相手をヴォルデモートのように恐れてるな…)」
サクヤはそこまで考えて、それからは考えることができなくなった。
巨大蜘蛛が、四方八方から詰め寄ってきている。
アラゴグは話すのに疲れた様子だった。ゆっくりとまた蜘蛛の巣のドームへと戻って行った。
しかし仲間の蜘蛛は、ジリッジリッと少しずつ3人に詰め寄ってくる。
「それじゃ、僕たちは帰ります」
木の葉をガサゴソいわせる音を背後に聞きながら、ハリーは、アラゴグに絶望的な声で呼びかけた。
「帰る?」
アラゴグがゆっくりと言った。
「それはなるまい…」
「でも―でも―」
「わしの命令で、娘や息子たちはハグリッドを傷つけはしない。
しかし、わしらのまっただ中に進んでノコノコ迷い込んできた新鮮な肉を、おあずけにはできまい。
さらば、ハグリッドの友人たちよ」
ハリーは体を回転させて上を見た。
ほんの数十センチ上に聳え立つ蜘蛛の壁が、鋏をガチャつかせ、醜い黒い頭にたくさんの目をギラつかせている…。
杖に手を掛けながらも、ハリーには無駄な抵抗と分かっていた。
多勢に無勢だ。
それでも戦って死ぬ覚悟で立ち上がろうとしたその時、目の前にサクヤが立ちはだかった。
ハリーとロンを庇うように立ち、杖も構えずにそこに身構えていた。
一瞬、ハリーには蜘蛛たちの動きが止まったように見えた。
そのとき、高らかな長い音とともに、窪地に眩い光が射し込んだ。
ウィーズリー氏の車が、荒々しく斜面を走り降りてくる。
ヘッドライトを輝かせ、クラクションを高々と鳴らし、蜘蛛を薙ぎ倒し―
何匹かは仰向けにひっくり返され、何本もの長い脚を空に泳がせていた。
車はサクヤたちの前でキキーッと停まり、ドアがパッと開いた。
ハリーは蜘蛛が止まったのはサクヤのおかげなのか車のおかげなのか分からなかった。
それについて考えていると、サクヤがロンを運転席に押し込みながら
「ファングを!」
と叫んだためそれどころではなくなった。
急いでキャンキャン鳴いているファングを後部座席に押し込み、自分も乗り込んだ。
サクヤも乗り込んだ時、車はロンの助けも借りず、エンジンを唸らせ、またまた蜘蛛を引き倒しながら突進した。
車は坂を猛スピードで駆け上がり、窪地を抜け出し、間もなく森の中へと突っ込んだ。
車は勝手に走った。
太い木の枝が窓を叩きはしたが、車はどうやら自分の知っている道らしく、巧みに空間の広く空いているところを通った。
「二人とも、大丈夫か?」
サクヤがハリーとロンに呼びかけた。
ハリーはなんとか頷きロンを見ると、まだ口は開きっぱなしで、声にならない叫びの形のままだったが、目はもう飛びだしてはいなかった。
しばらく木々の間を走り抜け、車は急停車した。
森の入口に辿り着いたのだ。
ファングは早く出たくて窓に飛び付き、サクヤがドアを開けてやると、
尻尾を巻いたまま一目散にハグリッドの小屋を目指して、木立の中をダッシュして行った。
ハリーとサクヤも車を降りた。それから一分ぐらいたって、ロンがようやく手足の感覚を取り戻したらしく、
まだ首が硬直して前を向いたままだったが、降りてきた。
ハリーは感謝をこめて車を撫で、車はまた森の中へとバックして、やがて姿が見えなくなった。
ハリーは「透明マント」を取りにハグリッドの小屋に戻った。
ファングは寝床のバスケットで毛布を被って震えていた。
小屋の外に出ると、ロンがかぼちゃ畑でゲーゲー吐いていた。
「クモの跡をつけろだって」
ロンは袖で口を拭きながら弱々しく言った。
「ハグリッドを許さないぞ。
僕たち、生きてるのが不思議だよ」
「きっと、アラゴグなら自分の友達を傷つけないと思ったんだよ」
ハリーが言った。
「だからハグリッドってダメなんだ!」
ロンが小屋の壁をドンドン叩きながら言った。
「怪物はどうしたって怪物なのに、みんなが、怪物を悪者にしてしまったんだと考えてる。
そのつけがどうなったか!アズカバンの独房だ!」
「ま、まぁまぁ…落ちつけ、な?」
サクヤはロンの恐怖を理解しつつも、やんわりなだめた。
「じゃあ僕たちをあんなところに追いやって、いったいなんの意味があった?
何が分かった?教えてもらいたいよ」
「ハグリッドが『秘密の部屋』を開けたんじゃないってことだ」
ハリーはマントをロンにかけてやり、サクヤを見て言った。
「ハグリッドは無実だった」
ロンはフンと大きく鼻を鳴らした。
アラゴグを物置で孵すなんて、どこが「無実」なもんか、と言いたげだ。
サクヤもマントに入り込み、城を目指した。
*****
「八方塞りだ」
無事にグリフィンドールの談話室に辿りつき、マントを脱ぎながらハリーが言った。
「ハグリッドが無実だって分かった。
けど、本当の犯人が誰なのかが分からなくなった…。
他に何をしたらいいのかも分かんないよ」
「そう思うか?」
ハリーが一生懸命考えている色んなモヤモヤを吹き飛ばすように、サクヤが応えた。
「アラゴグは…、死んだ女の子はトイレで発見されたって言ってた。
もし、その女の子が未だに離れず、そこにとどまっているとしたら…まだそこにいるとしたら」
「!」
ハリーとロンも気付いたようだ。
「もしかして―まさか『嘆きのマートル?』」
>>To be continued
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